4 オルガンの兄弟、エレクトーン

●エレクトーンの開発にかかわる理由

−−KANKAWAさんはエレクトーンをB3に対抗する楽器にまで高めようとして今、開発に携わっているそうなんですが、なぜ、エレクトーンを選んだんですか。

K:ひとつは、ハモンドB3の新しい奏法を考えていくために、新しい楽器を弾くことが必要ということがある。
 
 B3オルガンというのは、ちゃんと弾こうと思ったらピアノの1.5倍から2倍の筋力がいる。B3は鍵盤の重さに関していうと、ピアノの約半分、エレクトーンの倍ぐらい。 
 エレクトーンは鍵盤を押した瞬間に音が鳴ってしまうけれど、B3は違う。音が鳴るまでに、鍵盤に「あそび」がある。あそびを生かして弾くときと、「ぐっ」と鍵盤の底まで弾くときは、指先が鍵盤に触れる部分が違ってくる。

 B3は、ピアノと違ってリバーブがゼロなの。パパパと弾くときに、「パーカッシヴ」というて、「コーン」という音を付け加えるときに、前の音が残っていたら音が鳴らない。だから、弾いた音の鍵盤を、次の音を弾く前に素速く離さなければならない。いかに弾くかだけでなくて、いかに離すか。そこがエレクトーンやピアノと違う難しい部分。これは、いわゆる黒人たちがオルガンプレイヤーのことを「ヘイ! ソウル・フィンガー」っていうオルガン・タッチやね。ハモンドB3というのは、そういう特性を持っているんだけど。

 ハモンドB3の音というのは、僕にとっては当たり前過ぎる。世の中では「幻の名器」といわれ、アメリカじゃ誰でもどんな人でも知っている楽器で、ラジオをひねったら10曲のうち5曲はハモンドB3の音が鳴っている。日本ではそこまで馴染みがないけどね。僕にとってハモンドB3を弾くのは、ご飯を食べたり、お茶を飲んだりするのと同じなわけ。まだ自分自身が、あの楽器のせいぜい70%しか魅力を引き出せていないから、残った生涯をかけてあと30%の魅力を引き出したいと思っている。

 そのためにも、ハモンドB3だけを弾いていては、だめ。たとえばローランドの新しいオルガンを弾くことによって、瞬間的に新しい奏法が生まれる。たとえばリハーサルでいつも新しい奏法が生まれるんだけど、ボタンをぽんぽん押していると、音色が変わる。音色がかわると、瞬間的に、今まで世界でハモンド・オルガンが生まれて約60年の歴史の中で誰もやったことのない奏法が、僕の場合1年で2つぐらい生みだされる。

 たとえば上鍵盤の一番低いところ、ここは誰もこの50年間使わなかったけど、僕はそこでメロディーを弾くようになった。この前のK−122のレコーディングで、左足じゃなくて、右足でベース鍵盤のハイノートでベースソロを弾くようになった。グリッサンドも、僕は勝手に「キャットウォーク」といっているんだけど、鍵盤の上で両手が歩くようなグリッサンド奏法をしている。いろいろあるよね。タッチなんかでも、僕は指先の爪に近い部分、指の腹、その中間部分と、3ヶ所を使い分けている。これからもっと、そういう新しい奏法を生みだすために、新しい楽器が必要になる。 

−−すると、ハモンドB3以外の楽器には、いろいろとあると思いますが、その中でヤマハのエレクトーンを選んだ理由は何なんですか。

K:まず、単純に新しいオルガンの音に対する憧れがある。1960年代に、サン・ラという人が、オーケストラじゃない、「アーケストラ」という、27人全員でフリージャズをやっている。
 
 マイルス・デイビスも、1970年代初頭に同じようにトランペットを吹かずに、オルガンばかり弾いていた時期がある。これがヤマハのYSというオルガン。僕が一番好きなマイルス・デイビスのアルバムに「アガルタ」っていうのがあるんだけど、これはいわゆるマイルスのフュージョンの最高傑作といわれているもので、大阪フェスティバルホールのライヴやね。そこでマイルスはほとんどオルガンを弾いているけれど、あの音がハモンドB3では出ない。なぜYSを使ったのか、僕はマイルスの気持ちがわかる。ハモンドは完成された楽器できれいな音やから、もっと刺激が欲しかったわけ。いまエレトーンに対して、僕はそれと同じような気持ちやねん。
 
 それで僕は、最初にローランド77というオルガンを選んだ。ローランドの会長の梯さんという、自分でオルガンを作るんだといって会社を作った人がいる。オルガンを作るには、試作品を作るだけで何億もかかる。それで売れなかったら大変なことになる。梯さんは自分の夢をなしとげるためにはお金がいるということで、ギターのエフェクターなんかを作りだした。それで20年間オルガンの制作をやめていて、2年前に初めて作ったのがローランド77という楽器だね。
 
 このローランド77というのは、ハモンドB3のイミテーションであって、それプラス「違うこともできますよ」という楽器なわけ。それともうひとつ、コルグのCX3という100%ハモンドのイミテーションの楽器がある。これは世界の主流になるだろうね。
 
 だけどエレクトーンというのは、それらと較べるとコンセプトがまるで違う。もともとひとりオーケストラの楽器や。僕はヤマハの人によく言うけど「両手両足のオルガンスタイルで、ライヴで即興でひとりオーケストラをするための楽器がエレクトーンの定義でしょう、そうじゃないとオルガン・スタイルは必要じゃない。富田勲のように、あとでダビングをすればいい」。それをエレクトーンの人にわかってほしいと思うんだけどね。

●ベースアンプからエレクトーンの音を出すと・・・

K:エレクトーンは、ひとりオーケストラというコンセプトの楽器だから、音はコルグのCX3とはほど遠いし、ローランド77と較べても「ハモンドB3のイミテーション」の質としては話にならない。でもイミテーションでないだけに、俺のようにずっとハモンドを弾いてきた人間にはおもろいね。でも、あまりにも音が完成されていないから、僕が6月21日に何をしたかというと、コルグのCX3が3割、ニュージャージーのヴォーチェ・オルガン・モジュレーターという音源から2割、ヤマハの音源を5割で混ぜた音をお客さんに聴かせた。 
 僕はそういう新しい冒険をスタートしたばっかりですよ。この前はじめて、僕はエレクトーンのスピーカーを捨てた。かわりにヤマハの一番大きなベースアンプをもってこさせた。ベースアンプふたつに、ハモンド・オルガンの音を出すレスリー・スピーカーふたつを使って、エレクトーンの音を出した。おそらく、エレクトーン30何年かの歴史に残るのが、あの日だったね。エレクトーンがはじめてエレクトーンのスピーカーを捨てた日が、6月21日だった。

−−あの日のステージには、オルガンの向こうに家具みたいな大きい箱みたいなものがいっぱい並んでいましたが、それはベースアンプと、レスリー・スピーカーだったんですね。エレクトーンの音をベースアンプから出すと、どういうことが起こるんですか。

K:ローの部分に違いが出る。エレクトーンが弱いのは、低音域や。エレクトーンでどんな音楽を弾いてもイミテーションに聴こえるのは、ローが出ないから。

 あと、鍵盤も変える必要がある。もっとすべらない鍵盤にしないと、手に負担がかかってしょうがない。ピアノやB3みたいに、鍵盤に「遊び」がないと。「遊び」がないと、鍵盤に触れる瞬間の状態ですべてが決まってしまう。「遊び」なしの鍵盤を自分の手でコントロールするなんて、俺が無理して無理してやっと弾いているんだから、普通の人には無理や。ヤマハの人になんで鍵盤に遊びがないのかといったら、子どもに弾きやすいからという。結局コンセプトが楽器じゃなくて、教育楽器なんやね。でも鍵盤を変えるには初めの投資が数千万かかるから、変えるとしても次のモデル以降になるだろうね。

●エレクトーンを弾く人に夢を与えていきたい

K:エレクトーンをとりまく状況は、フュージョン・シーンとそっくりや。マーケットにあぐらをかいて、自分たちが切磋琢磨していいものを作る努力をしない。構造が良く似ているな。でも、ヤマハは僕がやりたいことに対してサポートしてくれるから、そういう意味では非常に助かっているし、面白い。
 
 ただ、エレクトーンはあと5年10年で、完全になくなるか、まったく違う手法のひとつの楽器として、コルグのオルガンのように生き残るか、どっちかだろうね。僕はヤマハの社員じゃないから、そこまで考える立場にはないけれども、こうやって関わっているのは、世の中への恩返しのひとつかな。
 
 いま、ヤマハの音楽教室に何十万人も子どもが通っている。20代、30代の人で、エレクトーンを愛して一生懸命演奏してきた人がたくさんいる。エレクトーンはオルガンじゃないけれど、兄弟みたいなもんや。そのエレクトーンを愛してくれた人たちが、みんなやめていった。その中にはきっと才能がある人がいっぱいいたと思う。でも、誰もオルガンのプロになっていない。エレクトーンを弾く人が100万人もいて、なんでオルガンのプロがいない。本当だったら、日本から世界を代表するオルガンプレイヤーが10人や20人出ていてもおかしくないのに。
 
 僕はこれからエレクトーンを弾く人たちにも、子どもたちを教える先生にも夢を与えていきたい。エレクトーンというのはこんなにすばらしい楽器で、こんなこともできるんですよと。そういうふうになってくれたら一番いいなと思っている。
 
 それと僕が許せないのは、エレクトーンでコピー譜を弾かせること。コピー譜を弾かせたら、すべての才能をつぶすことになる。そういうことを話すために、今度、シンポジウムをするんや。みんなでいっぺん、エレクトーンとは何かを考えていかなければならない。「エレクトーンとは何か」が、わかっていない人が子どもを教えるのは、犯罪や。そういうことを許したらいかん。その犯罪は今日も明日も行われているわけや。ものすごい音楽的に才能がある人を、組織的につぶしているわけ。

 コピー譜を弾いてまちがったら×がつく、試験で不合格になるなんて、冗談じゃない。×もなにもあるかいな、音楽は全部マルや。音楽は何を弾いてもマルなのに、わざわざコピー譜を弾かせるという根性が犯罪や。人間は神様じゃない、人間にペケなんてつける権利はない。もともとグレードの何級というのは、楽器を売りたいということもあってできたものなのに、そこでコピー譜でなければ×だといわれて、無垢な子どもたちや若いお母さんたちが「×がつけられた」と悩んでいる。これは、欠陥の車を作って売るのよりもタチが悪い。それでも、ヤマハも最近楽器が売れない時代になって大変だから、僕みたいな人間がほしかったんやろうね。そういう意味では、お互いに良かったと思う。

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