プリズム 再発プロジェクト インサイド・ストーリー



第6回 マスタリング・ブックレット作成

小澤 芳一氏
プロフィール
1962年東京生まれ 19歳からアルバイトでディスクユニオンに勤務、その後タワーレコードに14年間勤務し本格的に音楽制作を開始。そこで深町純 & The New York All Stars Liveの初CD化を手がける。
2001年よりユニバーサルミュージック/ユニバーサル-ポリドールにて邦楽制作を担当。

3. CDの制作を4作品まとめて紹介

作業上一番最初に始めたのがトラックダウン(TD)の作業です。マルチテープに収められている曲でボーナストラックに収録する新たな曲は全てこの作業をします。もちろんエンジニアは北川さんです。アウトテイク、ライブと昔を思い出しながら、尚且つ現代の手法を取り入れて制作しました。アウトテイクとオリジナル、ライブを聞いていただければほぼオリジナルを踏襲して作られていますが、微妙に違うところがありますので聞き比べるのも面白いかと思います。さて実はTDの作業直前に大変な事に北川さんが気がつきました。16チャンネルのマルチは問題無かったんですが、24チャンネル(セカンド以降の全て)のマルチはノイズリダクションにdbxを通していた事を思い出したのです。すでにPro Tools上に取りこんでいるのは素の状態での音源でしたので(これがまた厄介な事にdbxを積極的に使っていたのはポリドールのスタジオで他のスタジオはDolbyが主力でした)dbxをかます作業が必要です。レンタルを探したのですが前述の通りで大手でさえ取り扱いが無い状態でした。しかし灯台下暗しとはこの事で、もしかしたら当社の倉庫にあるかも?(当社は昨年の5月でスタジオ業務を終了していたのであるとは思わなかったのです)と言う事で調べたらすぐに見つかり難を逃れました、危ない危ない。

その次は「LIVE」の曲順変更の為に2chのオリジナル1/4マスターをPro Toolsに取り込む作業です。これはライブ盤なので一気に取り込んでPro Tools上で編集作業です。簡単に言えば切り張りの作業です。これに最後前述のTD済のボーナストラックを足して終了。 しかし取り込んだ際に多少のEQでプリマスタリングをすることで更に音質向上を図れることが出来ました。と言う事は他のアルバムもオリジナル1/4マスターをPro Toolsに取り込む事で音質が上がるではないか!と言う結果になるのは言うまでもありません。大至急倉庫から引っ張り出して同じ作業をする事にしました。

この作業をする事により一つ発見がありました。「PRISM」“LOVE ME”がこの1/4のマスターがシングル盤の1/4のマスターからのコピーだった事が発覚。今回はきちんとオリジナルマスターを使う事にしましたのでご安心を。

さてここで「LIVE」の1/4のマスターでは起きなかった事がありました。スタジオアルバムの場合1/4のマスターテープは1曲づつ切れていてその曲間をリーダーテープで繋げてあるのです。あのカセットやビデオの最初に出てくる半透明のテープです。 これが思った以上に劣化していて色落ちが凄いのです。よって1曲づつ止めてはヘッドを掃除してPro Toolsに取り込む事作業を繰り返した次第です。磁性体より厄介でした。詳しくはレコード店で配られるパンフレットに北川さん自ら語ってもらってます。

さて「PRISM」に至ってはマルチチャンネル化をする事にしましたので更に音質向上の為に96K /24bitでの取り込みもしました。他の作品は48K / 24bitです(あえて差を付けた訳ではありませんのでご理解下さい)

これで全ての作品がPro Toolsに取り込まれボーナストラックを付け足して、ハードディスク上に仮のマスターを完成させたのでした。

以上が取りこみの作業状況でした。

4. ブックレット

これも悩んだのは「SECOND THOUGHTS / SECOND MOVE」「LIVE」の2枚でした。 他は簡単にボーナストラックのシングル盤ジャケットを流用できると思いつき、そこまでは良かったんですが・・・。「LIVE」に関しては前にも登場していただいた音盤考古学研究所の川橋様に当時のチケットやライブのチラシをjpgで見せて頂いていたのでこれを使用する事で解決、また東京公演のチケットはお持ちでなかったので、またまた甘えて探してもらったりしました。水野様その節はありがとうございました。 そして問題の「SECOND THOUGHTS / SECOND MOVE」です。これが決まったのが入稿の1日前でした。オリジナルのブックレットに白黒写真が散りばめて使われております、この写真の殆どを撮影したのがエンジニアの北川さんなので、当時の写真を探してもらっていたのですが、なかなか見つからずに日にちだけは過ぎていたのです。レコーディング最終日前日に見つかったとの朗報を頂き、やっとの事で解決。当時使用していない写真も幾つかありましたので目一杯使用させて頂きました。なかなか良い出来になったと思います。

それからブックレットの表記でこの場をお借りして訂正事項があるのでご報告させていただきます。何度も何度も原稿をチェックしたのですが、間違いを印刷後に発見してしいました。

「SECOND THOUGHTS / SECOND MOVE」なのですが遅れていたので入稿を急ぐばかりに見逃してしまったと言うのが言い訳なのですが、ボーナストラックのクレジット部分で“DESPERATION PART 1〜”“BENEATH THE SEA” の2曲が名古屋公演の未収録テイクなのですが、名古屋公演には参加していない鈴木徹氏の名前が記載されています。本当に申し訳ありません、完全に私のミスです。追加注文分からは訂正してありますのでご了承下さい。

5. マスタリング

今回はご承知の様にSuper Audio CDなのでDSDマスタリングと言うものを必然的に選択せざるをえないのです。ただし良い音に仕上がるので文句はありません。またこの技術無くしては成立しないのですから。 (DSDマスタリングについてはCyber Fusion橋さんが詳しく書いているのでそちらを参照して下さい)

ハイブリッドなので最低でも各2種類の2CHマスターが必要です、マルチチャンネルは更にもう一つ。なので時間もそれなりの長時間になります。特にDSDの場合はデータの処理に時間が掛かる為、「PRISM」に至っては2日間のマスタリング作業とデータ処理に約2日という長丁場になります。

ではまずマスタリングエンジニアを誰にするか?と言うのが大きな問題です。私が以前作業を行ったのはN.Y.はスターリング・サウンド所属(http://www.sterling-sound.com/international/japan/about)世界のテッド・ジェンセンでした。今回も「LIVE」に関してはスターリング・サウンドで擬似マルチチャンネルを試してみたかったのですが、前記したとおりマルチチャンネルは全ての収録時間が60分以内でないと成立しないので諦めました。実はスターリング・サウンドが開発した擬似マルチチャンネルはかなり評判が高いのです。怪しげな黒い箱を通すだけらしいのですけど(笑)もしそれを体験したい方は宇多田ヒカルさんのボヘミアンツアーのDVDをお勧めします。

話がそれましたが、大体DSDマスタリングの機材が置いてあるマスタリングスタジオ自体がそう多くはありません、というか殆ど無いのが実情です。ですので選ぶ範囲が限られると言えば限られるのです。人選は当社マスタリングスタジオ所属の西村氏に「PRISM」以外の作業を頼む事にしました。理由は2002年の9月から3ヶ月に渡り当社インターナショナル・ジャズ部門の再発でEAST WINDレーベルの紙ジャケット、DSDマスタリング全72タイトルという膨大なカタログを全てDSDマスタリングしたと言う実績を信頼しました。

「PRISM」はマルチチャンネル経験の豊富な人選をしたく、ソニー・ミュージック・スタジオズの鈴木さんにお願いする事にしました。

まず「SECOND THOUGHTS / SECOND MOVE」からマスタリングを始めました。2003年1月24日です。元になるマスターはハード・ディスクを使用し48K/24bitからDSD A/D コンバーター SONY K-1326を経由しDSD編集機 SONY SONOMA オーディオ・ワーク・ステーションからマスターテープとなるAITテープ(8ミリのデータ記録用テープ)でSACDマスタリングは完成です。CD面に関しては後ほど。 もちろんボーナストラックとのレベル調整、曲間合わせ等細かいEQの作業はSONY SONOMA オーディオ・ワーク・ステーション上で行います。また曲間に関してはオリジナルを踏襲する事を基本としました(意外に長く感じるのですが)

さてここで一つ実験をしたのです。通常CD面の16bit化(SACDは1bit)です。大げさに言うと、要するに音が悪くなると言う事ですから、それをいかに最低限に押さえるかが命題です。ソニー・ミュージック他がリリースしているタイトルを見るとDirect SBMと言う方式が圧倒的に多いのです。しかし当社再発のEAST WINDのタイトルはDirect SBMを採用していません。Direct SBM の代りにdCS974 D / Dコンバーターを変換に使用しています。

しかしどちらが良い音に仕上がるのかはやってみないと分からないですし、スタンダードなジャズのアルバムとフュージョンとはいえロック色が濃いプリズムでは比較しないと納得がいかなかったので、両方式の機材を用意してもらいマスターテープになるPCM1630に録音までして聞き比べる事にしました。 結論から言うと実は一長一短でした。Direct SBMは中高音域がきらびやかな仕上がりでdCS974は中低音域がしっかりとした仕上がりになるのです。両方足されて2で割れば最高なんですけど、そうもいきませんので今回は出来る限り高音域をEQで補正してdCS974を採用しようと言う事になりました(もちろんDirect SBMで低音域をEQで補正もしてみました)ということでSACDの工程にD / Dコンバーター dCS974を経由してマスターテープとなるPCM1630で出来あがり!です。「PRISM III」は2月6日、「LIVE」は2月7日、10日に同じ工程で作業しました。

さて「PRISM」はマルチチャンネルなので経験の豊富なソニー・ミュージック・スタジオズの鈴木さんにお願いする事にしました。 まずSACD2CHから始めます。これを仕上げておけば翌日行うマルチチャンネルでの音作りの参考に出来ますので。上記3タイトルの経験を活かし通常CD面のdCS974で終了と行きたいところでしたが、「PRISM」は特に低音域が強いのでより高音域をEQしないとSACDとの格差が広がってしまう事が分かりました。そこでdCS974の後にL1(最大のオーディオレベルと最大の解像度を実現させる)を経由させて更に補正する事となりました。

6. その他もろもろの話

今回作業した殆どの事は書きましたが、「PRISM III」が事件を起こします。マスタリング後必ずマスターテープの他にDAT、CD-Rにて納品が行われます。今回は4作品5枚ですし、前述した通りDSDマスタリングは時間が掛かるのでマスタリング終了後3日くらい経ってから私の手元に届きました。一応全作品を通して聞く事によりミスが無いかチェックするのです。今回の一連の作業は昨年12月から始まり、もう飽きるほど聞いているPRISMの作品達です。しかもかなり聴き過ぎで麻痺していますので1回聴いた位では頭の中をしっかり通って行く訳ではありません(笑)そこで曲数を見たり時間を見たりといろんなチェックをするのです。

ところがマスターテープをCD工場に納品する2月18日の前日夜9時くらいでしたか、気が付いたのは!「PRISM III」は全16曲入りです、もちろんCDの表示曲数も16曲入り!しかーし“SUNRISE CRUISE”が入っていない!!!!!!!しかし何故入っていないのに曲数が合っているのか?とにかく何度聴いても入っていない。だいぶ焦りました。どっちにしろマスタリングはやり直しだし、今焦っても駄目だから冷静に分析してみる事に。まず何故16曲入りなのか?んん?“風 神”が2回入っている?そこで1曲づつの時間数を見ると時間が合っていないので入っていない事が分かり、もう一度きちんと通して聴いてみるとなんと“風 神”が2曲に分割されているではないですか!そうなんです、“風 神”は途中で音が完全に無音になるところがあるのです。ここをマスタリングエンジニア及び北川さんは見逃してしまったようです。実は私は「PRISM III」のマスタリングに100%付き合ったわけでは無いのです。他にも仕事がありますし、プリズムの他の作業が並行していますから頭何曲かに顔を出しただけだったのです。でも私がいても気が付かなかったかもしれません。北川さんがいることで安心していたのは事実ですし。と言う事で1曲抜けているにもかかわらず、他の1曲分が2曲分に表示されていた為曲数では合っていたと言う状況でした。

調査の為、翌日マスターのハードディスクをチェックするとハードディスク上で作ったマスターテープには表記はされているが中身が違っていました。“SUNR”と短縮して記録してありますが音は“MEMORIES OF YOU〜”だったのです。しかも、しかもですよ、Pro Toolsのファイルを一回開けたところにあるファイルにはきちんと“SUNR”〜“MEMO”とちゃんと表記されているではないですか!とにかく人為的なミスですので諦めて次ぎの作業へ。Pro Tools上に残っていればすぐに作業を開始して今日中に挽回出来る筈です。と、ところがハードディスクの容量の問題で既に削除してました。さらに私が所有しているバックアップのハードディスクにもありませんでした。「がぁ〜ん」さらにもう1台念の為にバックアップを取っていた私は最悪でもこの3台目には入っていると確信して、いざPRISMが5月のベスト盤のレコーディングをしているスタジオに向かいました。希望を抱いてチェックするとやはり無かったのです(涙)さて何も無いので次ぎに何をするかといえば、2chのオリジナル1/4マスターを倉庫からまたまた引っ張り出して“SUNRISE CRUISE”のみもう一度Pro Toolsに取り込み直しマスタリングする事です。マスターは神奈川県子安のビクターに保管されているのでバイク便を飛ばす手配をして会社に戻る事にしました。ちょうど雨が降っていてなんだかんだマスターが来るまで2時間以上掛かったようです。一応1曲とは言えオーブンで少しでも焼きたかったので直接録音課に届けてもらい、作業は次の日の午前中に私自身が他の作業で借りていたスタジオの始まる前に済ませる段取りを取っていました(ここだけは運が良かった)これで一安心。と思いきや!またまた事件が倉庫から届いたマスターが違っていたのです。アナログのマスターはA面B面の2本に分かれているのですが、その箱が中身と入れ違っていたという事でB面のマスターが届いてしまったのです。いやぁしかしトコトンついてないです。もう一度バイク便を飛ばして、ビクターの担当者には中身の確認をお願いして今度は間違いの無い様に慎重に進めました。そして間違い無く届いたのが22時近くでした。録音課の方もオーブンに入れるために待っていてくださって本当に恐縮です。この後翌日には無事に作業を終了して二日遅れの納品で事無きを得た次第です。

しかし「PRISM III」はこれだけでは終わりませんでした。まだあるのです!マスターをプレス工場に納品するとスタンパーを作成しとりあえず数枚のCDを製造します。盤面の印刷さえないCDです。これを最終チェックで聞く作業があります。当社ではこのことを音承と呼んでいます。 まず「PRISM」から聴き始めました。実はこの作業何が大変かと言うと、SACDハイブリッドですから2回同じ物を聴かなければなりません。OK出しと同時にプレスが始まるわけですから早急に音承作業を終わらせなければなりません。チェックの対象はCDテキストデータの確認、商品化出来る状態かを調べます。「PRISM」はマルチチャンネルがあるのでヘッドフォンによる作業が出来ません、周りの従業員が帰社後に大爆音の元チェックしました。1日目は無事に終了して、二日目は「SECOND THOUGHTS / SECOND MOVE」「LIVE」の計3枚です。収録時間を前述しましたがどれも長いですからこの3枚だけでも440分もあります。はっきり行って1日仕事です。無事に「SECOND THOUGHTS / SECOND MOVE」を終えて「LIVE」を聴き始めました。とりあえずSACD部分から聴き始める事にしてDISC1を終了、どうせならDISC2を続けて聴こうと思い順調に終わりました。時間で夜の21時前くらいです。さぁCD面を聞けば終了だと思いながら「LIVE」のDISC1をセットすると・・・・。CDテキストに現れた表示がなんと「PRISM III」だったのです。「がぁーん」またまたこの後に及んでミスが発覚!よりによって「PRISM III」かよっ!て感じです。これが間違えていると言う事は明日納品される「PRISM III」の音承ももちろん間違っていると言う事です。と言う事でとりあえず音は間違ってないのでそのチェックだけは終わらせました。その後2枚のスタンパーを作りなおす作業を終えて新しい音承盤が来たのはその2日後、今回は無事に何事も無く、ついに最終過程も終了し、後は発売を待つのみとなった次第です。

最後にいろいろとありましたが無事に作業は終了しました。昨年の暮れに話が始まり大きな再発プロジェクトと化してしまいましたが、古いマルチを引っ張り出して当時の音源を掘り起こすなんて貴重な経験をさせてもらいました。ましてや思い入れのあるアーティストだけに、出来る限りの事を実現したかったし、させてもらえた幸運にも恵まれたと思います。これが自己満足に終わらず、今後の他のカタログ再発の指標になりファンの皆様や新規ファンになられる皆様に支持していただければ幸いです。

では、PRISMをお楽しみ下さい。

by 小澤 芳一
ユニバーサル ミュージック

追記:
更に発売される商品封入のブックレットの訂正。
「PRISM」和田アキラ氏インタビューで同じ事が繰り返されている(校正ミスです)
「PRISM」ボーナストラックに収録したOUT OF BLUEは正確には和田アキラ氏と森園勝敏氏の共作である(私どもの資料では和田氏のみの表記ですが、ジャスラック登録は共作でした)
「SECOND THOUGHTS / SECOND MOVE」ボーナストラックのクレジットに参加していない鈴木徹氏を表記(校正ミスです)

以上現在発覚している間違いです、全てバック出荷分から訂正されます。(出荷で2000枚を超えたものから)


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