その3
「エジプトの財宝」と「遠い太鼓」誤解事件



みなさまごきげんよう!! CYBER FUSIONの乙女ちっくページのエッセイ、花園日記へようこそお越し下さいました。みなさまを花園にご案内するのは、わたくし美芽です。前回の是方さん編からだいぶ時間があいてしまったので忘れられていないかちょっとだけ心配・・・。今回は大切な思い出を書かせていただくので、思い切り乙女ちっくにFUSIONを語ってみたいと思っております。では、ごゆっくりどうぞ。

「エジプトの財宝」という曲をご存じですか。作曲者の則竹さんご本人もちょっと照れるかな?というタイトルだけど、インパクトが強く覚えやすい名前ともいえましょう。則竹さんの教則ビデオとKore−Chanzの「音楽は世界だ!」で聴くことができます。イントロのベースパターンはステップス・アヘッドの「ベイルート」に似ていて、エスニックな感じ。キーはシャープが4つのC#マイナーで、ちょっと幻想的な16ビート系の曲となっています。則竹ファンとしては、なかなか気に入っていました。今回はこの曲に関係するお話です。

1997年の2月に則竹さんが「則竹セッション」を行う、と聞いたとき、「つ、ついに・・・!!!」と思いました。自分で、最初にマイクを持って、「こんばんは、則竹裕之です」って言う決心がついたのね・・・。お子さんが生まれてパパになったここ2年ほど、ステージでの笑顔も増えているし、MCのほうも飛躍的に上達されています。「かわいい」という形容詞が似合わなくなって、ステキ、という感じが増しているのです。「きゃーーーー則竹さんっっ、かわいいーーーーー!!!」と叫ぶ回数が減ってきたのは嬉しいような、さみしいような気持ちだけど。則竹さんが生まれて初めて自分の名前で行うセッション。ピアニストにしてみれば、「初リサイタル」です。どんなことがあっても、なんとしても行きたい。・・・と思ううちに、2月がやってきました。


その週、パーカッショニスト仙波さんのコンサートに月・火・水と3日連続で則竹さんは出演しました。木曜日がセッション当日で、則竹さんは4連ちゃんのスケジュールでした。私は火曜の仙波さんのチケットをとったのですが、その前日何かに当たってしまったらしく、生まれて初めて吐いて寝込んで熱を出し2日間ぐらい絶食状態になってしまいました。もうフラフラで、体を起こすのも歩くのもひとりではできないくらいヨロヨロになってしまい、泣く泣く仙波さんのコンサートはあきらめたのです。是方さんのインタビューの打ち合わせにうちに来たひさえちゃんは「どうしたの美芽ちゃん!!??」とビックリ。ほとんど打ち合わせでなく「お見舞い」になってしまいました。水曜日が是方さんのインタビューでは、「ひさえちゃん、どっちいくの・・・?」と、事務所にたどりつくのもひさえちゃんについていくのがやっとでした。インタビューは無事になんとかこなしたのですが、その日もほどんと何も食べられない状態が続きました。(しかしインタビューテープだと元気そうにしてるから不思議なものです。あのあとも2日ぐらいヨロヨロだったのに)「ああああ、なんとかして則竹さんのセッションだけは行きたい・・・行きたい・・・」と、セッション当日も朝から寝込みながら頭の中でそのことがぐるぐるめぐっていました。お昼になってもまだ気持ち悪くてどうしようもなく、困ったなあ、でも行きたいなあと思いつつ寝ていました。夕方の4時。うとうとしていて目が覚めました。「!?」少し気分がいい??何とか起きられそう。よしっ!!!!もう、こうなったら、絶対に行って来るぞおおお!!!!と私は起きあがり、ダッシュでお化粧をして電車に飛び乗ってしまったのでした。

そんなこんなで、もう、はっきりいって悲惨!!な状態で、たどりついた・・・南青山マンダラで並んでいると、なんと会場の中と外を、やたらとメンバーが往復しているではありませんか。(もしかして・・・・)と、ふらつく頭を叱咤激励していると、なんと則竹さんも出てきてうろうろと何度もお客さんの列の前を通っています。様子をうかがうと、いつもとそんなに変わった様子もありせん。コットンのざっくりした白地に紺の細いボーダーが全体で6本ぐらい入ったセーターに明るい紺色の手編み風マフラー、茶色のサラサラヘア。さわやかを絵に描いたような状態でした。どう意地悪く見てもそんなに緊張している様子もない。げっそりしてる様子もない。大きなお世話なんですが、私は貧血気味の頭で「よかった・・・きっと、大丈夫ね。」とホッとしていました。とそのときに!!則竹さんに「あれ?」と声をかけてもらい、挨拶までしていただいてしまったのです。インタビューに行ったのは4ヶ月以上前のことでしたが、顔を覚えていて下さったのでした。ちょっとびっくり。CYBER FUSIONと編集長に感謝・・・と心の中で手をあわせます。ほんとうに緊張してないのね。大丈夫ね。・・・と私はまだ様子を観察していました。

ライブハウスの中に入ると・・・なんと、めちゃくちゃキレイでオシャレ。床の材質!!壁の材質!!照明!!!すべて上質!!そして、お花が・・・お花がとても綺麗に生けてあって、しかもちゃんとそれに照明があたっているという・・・「ここのライブハウスっていったいっっっっ!!!!!????」と、衝撃を受けるぐらい、私好みの場所だったのです。ああ、則竹さんの初・セッションになんてふさわしい場所なの・・・と、またため息が・・・。  地下の会場に入ると・・・また、私のめちゃくちゃ好みの世界が広がっていました。ちょっと青めだけどあくまでも上品な、幻想的な照明。たくさん並んだ丸いテーブルには深い緑のコットンのテーブルクロスがかけられ、そして会場のあちこちには間接照明のあてられたお花のアレンジ。紅茶のティーカップは、ロイヤルドルトンふうのお花が描いてあって金色の縁取りが入っているもの。ジュースは、カットが照明に時々キラッとするグラスに入っています。こんなにすべてが美しくていいのかしら。 ステージは会場といりくんでいるといってもいいぐらいに近いつくりで、ステージの右側はガラス張りのようになっていて、・・・ちょっと海底のような雰囲気。気になるドラムセットを見ると、いつも顔の前にいつもライドシンバルがあったのに、なにかすいぶんと下の方に下げてしまって、顔の位置をさえぎるものがぜんぜんないすっきりとしたセットに変わっています。顔が見えても照れないのかしら。と余計な心配をしてしまいます。でも、とりあえず素直にここは喜ぶべきよね・・・。

 その日は永井さん、石黒さん、道下さんというその日のメンバーの曲を中心に、則竹さんの曲は全体で2曲演奏されました。その2曲のうちのはじめの1曲を聴いたとき・・・。「あっ!!!これは!!!!」教則デオに入ってる曲!!!!、あまりに曲の感じが変わってしまっているけれど・・・このサビの部分は!!!バッキングまでも全部一緒だわ!!間違いない!!でも、この曲って・・・こんなに切ないメロディーだったかしら・・・。

 聴きながら、あまりにも美しくて切ないメロディーの世界に入り込み、私は自分の世界にトリップしてしまいました。胸が痛くて痛くて、手を当てると鼓動が「どきどきどきどき」と速くなってしまっています。  ある風景を思い出していました。中学生の頃、好きだった彼が昼休みに校庭でサッカーをしているのを、ベランダからいつも見ていました。片思いで、その時間だけが彼を誰にもじゃまされず見ていられる時間でした。3階のベランダから、校庭までの距離。それが私と彼の距離でした。見えるんだけど、あまりにも遠い。決して手が届かない。遠くで見ているだけしかできない。記憶の中では、それはいつも冬。ぽかぽかしたお天気の昼休み、関東の空っ風が校庭の砂を吹き上げ、乾いた風が校庭を吹いていたのを今でもはっきりと覚えています。

 いつもはニコニコで叩くことの多い則竹さんは、この日は苦しいような、切ないような表情で叩くことが多かったような気がします。その様子を見ているのもよけい切なくて、私は両手をお祈りポーズにして胸に当てて、なぜかあふれそうになる涙をこらえていました。

 このままずっと時間を止めて欲しい・・・。  聴きながら、そう思いました。

 そしてこの曲ってなんだっけ?とよく考えたのですが、とっさにこれは「エジプトの財宝」の大胆な新しいアレンジだと思ったのです。っていうことは、セッションなどでしかもう一度聴くことはできないってことかしら。あ・・・どうにかして、もう一度あの曲を聴きたい・・・。次にセッションに来たときに聴けるかしら・・・。しかしセッションもそう年中あるわけでもない・・・。はぁ・・・。    実はその曲「遠い太鼓」は新しい曲として生まれ変わってT-スクェアのニューアルバムに入っていたのです。聴いたときに「あっ」っと叫んで絶句してしまいました。「TOOI TAIKO」として、お皿でも、ツアーでも、聴けるのです。ああ、この曲をあの人にも、あの人にも聴かせてあげたい・・・!!と思ったのが、かなう。ああ・・・よかった!!と、大きく私は息を吐きました。

 さらに!!!その後、則竹さんにニューアルバムのインタビューで2度目にお話する機会がありました。インタビューのテープ起こしをしていたある日、私はある重大なことに気づいたのです。「『TOOI TAIKO』」のサビって、エジプトの財宝のサビとは別じゃない?」・・・・「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーどうしようどうしようっっっっ今まで誤解してたわ私はっっっまずいっインタビューのときもそう思ってたし妙なことを則竹さんに言ってたらどうしよう!!!!!がーんがーんがーん・・・筋金入り則竹ファンとしたことが・・・・」「そう、則竹さんの教則ビデオに入ってる曲、Cis moll(C#マイナー)の曲で16ビートっぽかった、ってところで混乱したのよ!!!!・・・・・だけど・・・あまりにひどいよね・・・うっ・・・(しくしく)」・・・まだまだ甘い自分を自覚した個人的な事件でした。しかもまずいことに、ニフティサーブの会議室で則竹セッションの報告!!と称して、「エジプトの財宝がよかったですっっっ」と書いてしまったのです・・・。みなさまごめんなさい・・・

 「遠い太鼓」という曲は、則竹さんにとって太鼓というのはあまりにも遠い・・・、遠い。いくらやっても遠い。という思いから生まれたのだというお話でした。いつも、思うようにいかず悩みながら大好きなドラムを叩いている、そんなストイックさと、好きなものへはどこまでもこだわる永遠の「ドラム少年」なところがこの曲を生んだのでしょうか。

 あの校庭の遠さ、彼との遠さが浮かんできたのは、手に届かないものへの憧れとその切なさというものが、音を通して伝わってきたのかもしれません。

  則竹さんがこの本のタイトルからとったという村上春樹氏のエッセイ「遠い太鼓」をインタビュー翌日に本屋で見つけて買いました。講談社文庫、黄色くて分厚い本。男の人の文章だけど濃くなくておしゃれで、旅好きな則竹さんが気に入るのもうなずける一冊でした。ギリシャに行きたいなんて真剣に思ったことなかったけど、ちょっと行きたくなっちゃった・・・・。

 そして思いました。  私の心にもときどき遠い太鼓が聞こえるのです。(美芽)




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