向谷実 Interview

基本のショートカットは禁物

美芽.
楽器を一生懸命やっていて、うまくなりたいという人にひとことアドバイスするとしたらどうおっしゃいますか。
向谷.
最初は基本的なことをやらされるんだけど、それがイヤだって言う人が多いんですよ。でもそこを一瞬ショートカットしちゃうと、現実的にいうとその先がないと思っていい。「こんなかったるいことやらなきゃいけないの?」っていう部分があるんだけど、そこはちょっと頑張ってもらったらその先は好きにできるから。その部分は事務的な反復練習みたいなものがあって、こんなので本当に音楽になるのか不安な部分もあるんだけど、それをやった後は自分にすごく音がきこえてくるようになるんですよ。聴いた音がね。それまでは楽器を練習するために叩いていたのが、それが今度は聞こえるようになってくる。そうすると絵がついてきたり色がついてきたりする。その大前提は、日本語がしゃべれないと日本人として成り立ちにくいのと同じようなことということじゃないかな。必要最低限がないと生活はできませんよね。ちょっとなんでこんなことやらなきゃいけないんだ、っていうのはあるんです。振り返って見ればそういうことは僕もあったけど、それをちゃんとやっておけばあとは困らないようになっているんです。だからそれだけはしっかりやって、それから先は自分の音を出せるようになる。そうすると楽しくなる。だから演奏することと聴くことはループするんですよ。そうすると身体も動いてくるし、表現も出てくる。後の部分はショートカットはあるかもしれないけど、基礎の基礎はショートカットしちゃだめですね。
美芽.
プロになりたいっていう人でも出だしは同じですか。
向谷.
出だしは同じですよ。そこから先のプラスアルファの部分というのは、今言った人に見せる部分というのは、経験とその人の持っているいろいろな内面のボキャブラリー、音楽表現に必要な知識というのがついていきます。その中からプロになる人というのはある程度出てくると思います。ある程度までは人の演奏を上達させるのは結構できるんですよ。そういう教え方も我々はある程度知っていますから。だけど、その先、プロになる方法っていうのは誰も教えられないですね。ひょっとすれば持って生まれた才能とか運命かもしれないし、非常に不特定ですから。僕はもうやりませんけど、こうやれば競馬で儲かるっていうようなものですよ。
美芽.
カシオペアの曲のコピーをする、といったことだったらアドバイスもできるかもしれないけれども。
向谷.
そういうのはできますね。
美芽.
同じぐらいのオリジナリティを持ってバンドでやりたい、っていう話になったら。
向谷.
その時点で引いちゃいますね。「すみません、なんにもわかりません」って。その次のことは言えませんよ。演奏技術を高めるにはこうやったほうが、ってことは言えますけど、「どうやったらプロになれますか」なんて言われたら「わかりませーん!」。全然わかりません。それを教えますってお金をとりだしたら問題があると思うし。
美芽.
自分で探すしかないんですね。
向谷.
自分で探して、そして引くときは引かないと。あんまり深みにはまって人生だいなしにするのもね。向いてない場合もありますから。明確な答えじゃないですよ。僕のような経歴でこういうバンドでやってるっていうのは珍しいと思います。練習を充実させてやってきたわけじゃないし、バンド経験もほとんどないし、そういう音楽を聴いて育ったわけでもない。先生に思いっきりついたわけでもない。だからといって学校には行っていた。通常のメインのところを通らないで運と若干の実力でここまで来ていると思います。だから誰にも参考にならないと思いますね。僕が子どもの頃を知っている人は、僕が今こんなことをやっているって誰も想像できないでしょう。ピアノは上手かったらしいけど、すぐにやめちゃったし、エレクトーンだってコンクールですごくいい成績をとったわけじゃない絵エレクトーンの特別クラスに行っていたけど劣等生で。僕より上には何十人もいたと思います。でも僕が残っているわけです。それは練習量なのか、その人の演奏の全般的な問題なのか、簡単には言えないですよ。だから僕なんかいい例でね、なんでプロのミュージシャンとして20年もできているのか、僕にもわからない。もしかしたら演奏よりも司会でもっていたのかもしれないし、しゃべりが面白いからあなたやりなさい、っていってたのかもしれない。最近は自分の演奏に自信がありますよ。だけど、デビューした当時は全然自信なかったですから。
美芽.
自信がついたのはいつごろですか。
向谷.
2・3年前・・・いや、30代ぐらい・・・もっと後・・・、35才ぐらいかな。
美芽.
自信がついたきっかけのような出来事というのはあったんでしょうか。
向谷.
いや、特にないですね。自信がついたからといっても上手く行かないことはあります。死ぬまで自分が一番自分のことを下手だと思っている。どうやったらもっとうまくなるんだ、ミュージシャンはそういうのを自問しながら死んで行くんですよ。完璧だなんて思ったら終わりですよ。「なんでこういうところもっと上手く弾けないんだろう」「良かったけど、こういうことができたはずだ」とか。今日のコンサートの全般的なイメージが残っているとして「良かったみたいだけど、ここが気になる」っていうのがある。それが次へのエネルギーになるんです。アルバムなんか作ると、100回も200回も耳がタコになるまで聴くから飽きちゃって、「次はどういうアルバム作ろうかな」となる。プロのミュージシャンになるってことは、死ぬまで自分を批判し続けることなんです。一生自分に対して不満である。自信がついたっていってもね、このぐらい沢山あった不満が少し減ったぐらいで、死んだ頃にはもっと不満は減っているかもしれない。でも、不満は残っている。この不満の量が30代あたりで、ある程度まで減ったところで自信がついたっていうことなんですよ。そういう世界ですから、それでもいいって言う人は「どんどん来なさい」って感じですが、なかなか厳しいですよ(笑)。

僕の原点は音を「見せる」こと

美芽.
向谷さんの原点は、ピアノにあるんでしょうか?
向谷.
なんでしょうね、僕の原点・・・。やっぱり、楽器の基本はピアノかもしれないけど、音を見せるってことかな。インストゥルメンタルって基本的にはヒントになるのは題名だけで、それをヒントに聴いている人はいろんな映像が浮かんでいるわけじゃないですか。僕がシンセサイザーとかピアノ以外のキーボードを扱っている時ってそういう意識があって。ビジュアル系っていうとビジュアル系のバンドがあるから困っちゃうんだけど(笑)、音を見せるっていう意識がすごくありますね。
美芽.
じゃ、題名をつけるのにあまり困ったりしないタイプなんですか。
向谷.
そうですね。僕と野呂君の会話って人が聞いたらわけわかんないんですよ。「豆腐の輪切り」って野呂君が言うんです。そうするとまわりの人が「ヘンだ」っていうわけです。豆腐は白でしょ。輪切りっていうのは輪切りにしたものじゃなくて、輪切りにする過程を指していて、何か豆腐の中に丸いものでも入れてね。そうすると、弾力性のあるものが入っていって輪切りができるわけですよね。白っていうと、僕にとってはもうそういう音があるんです。僕と野呂君と、この音は赤だよねっていうとだいたい一致しますね。で、レコーディングがほぼ大半終わってそういうオペレーティングも自分でやっているところへ、知らないレコード会社の若いディレクターとか来るとふたりでそんなこといいながらレコードがどんどんできていくじゃないですか。「あいつらヘンだ」ってことになるんですけどね(笑)。「何言ってるかわからない」って。僕の原点は、やっぱり見せる要素ですね。
美芽.
アドリブはあまり得意じゃない、とお書きになっていたことがあるんですが。
向谷.
え?何に書いてありました?
美芽.
ちょっと今思い出せませんが、ジャズの4ビートのアドリブ、という意味でした。
向谷.
それはそうですね。僕らのやっている音楽はそういうものじゃないから。僕も全部ひとつのコードだったらかなりいいアドリブが弾けるかもしれない。でもそういうバンドじゃない、8小節で全部コードが違うようなことをやっているわけですから、ジャズのどんな名プレイヤーが来てもカシオペアでソロをとるのは大変だと思いますよ。例えば4×4(フォーバイフォー)っていうアルバムではギャラクティック・ファンクをやったりしましたが、リーリトナーも苦労してました。そういう点で、苦手という以前に、そもそもカシオペアでソロっていうのは難しいんですよ。ソロっていう場面が用意されていて、そこで好きにフリーにできるっていう曲は極めて希です。アドリブパートも曲の中で極めて重要な要素として同じ流れの中に用意されているんですね。メロディーのフェイクみたいな導入で入るとか、それとは違った自分なりの解釈で、例えばAメロで使っている部分がそのままソロになるとかね。特にスローバラードのコード進行はあれっ?っていうくらい難しいです。だから、そういう点で、ソロを弾くのは簡単ではないっていうことを言いたかったんじゃないかな。ソロをとるのに茨の道を選んでいるところがあるんですよ。これはうちのバンドの家風ですから。
美芽.
ソロをやるのに、茨の道ですか?
向谷.
例えばね、デパートで大バーゲンをやるのに昨日までなかった「バーゲン商品 8割引き」が並んでいたりする。昨日までの商品が8割引きだったらすごいと思うけど、突然そういうのが出てきて「安いよ安いよ」と言われても、ありがたみなんか全然ない。だから、ソロになったら突然Eマイナーかなにかのコードだけになっちゃうっていうのいは、昨日までなかった商品を「バーゲン商品」として売るようなもので、音楽的にはすごく違和感出ちゃうんじゃないかなあと思うんです。



Interviewed by Mime
Photography by Wahei Onuki
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