向谷実 Interview

ピアノとキーボードと向谷実

美芽.
向谷さんはピアノをはじめてからキーボードを弾くようになったわけですが、野音で和泉さんとデュオをやっているのを見て「ああ、向谷さんはピアノを弾く人なんだ」って強く感じたんですよ。ピアノとキーボードに対してそれぞれどういう思いをもっていらっしゃいますか?
向谷.
野音でもアコースティック・ピアノが弾けたら良かったんですけどね。アコースティック・ピアノは僕にとって最高の楽器ですから。和泉君がピアノソロのアルバムを出しましたね。僕も自分のソロアルバムは2枚ともアコースティック・ピアノをメインにしていますし。和泉君と僕の共通点があるとしたら、バンドの中でそれなりに自分を出せているんだけど、出し切れない部分はたぶんダイナミクスだと思うんです。バンドの中では、どうしてもキーボードは強弱が弱いですから、絶えずフォルテシモで弾いているんです。ピアノソロっていうのは自分で音量が調整できます。小さい音から大きい音まで、きれいに聴かせることができる。でもT-スクェアやカシオペアみたいなバンドの中では、普通のレギュラーなビートの中でピアニッシモなんて出したら聴こえないんですよね。だから必要以上に強く弾くわけ。ライブではこれでもかっていうぐらいフォルテで弾いてます。曲によってはメインで聴かせられる部分もあるし、アレンジによりますけど。大半の曲はかなり強めに弾いていると思います。だから、和泉君の気持ちはすごくよくわかる。アコースティックピアノをやっていたので、かなり小さい音で演奏したときの気持ちよさを知ってますから。
美芽.
ご自宅にはピアノがあるんでしょうか?
向谷.
ありますよ。
美芽.
やはり、練習なさったりするんですか?
向谷.
いやあ、あんまりしないですねえ(笑)。僕は不勉強なものですから。
美芽.
この前和泉さんのところに取材にうかがってお話ししたんですが、和泉さんはかなりピアノとキーボードではピアノへの思い入れが強い印象を受けたんです。ソロピアノのアルバムを作った直後だったこともあると思いますが。向谷さんはそのへんどうですか。
向谷.
そうですね、気持ちはすごくわかるんだけどオチが違うというか。どっちも楽しいですから。確かに20年間バンドやってきて、いろんな意味で煮つまったりイヤになることもあったけど、今って幸せの絶頂ですね。こんな幸せな職業、人生はないですよ。NHKホールみたいなところで、お客さん気持ちよさそうに見てるじゃないですか。やれるだけのことはやりきれるし、ホントに幸せだと思いますね。申し訳ないくらい。
 和泉君の気持ちはわかるなあ。バンド活動っていうのは大変なところもあるんですよ。支えなきゃいけない家族もある、生活もある。コンサートも限りがあるし、それ以外に何をしたらいいのかって迷うんですね。そのへんはみんな同じように大変なんだろうな。やっぱり、音楽家っていうのは日本では食べにくい職業ですよ。でも、20年間やってくると知らない人はほとんどいないし、自分の曲やレコード、アルバムをはじめとする財産もあるし。そういう意味で20年間続けてくればだいたい大丈夫かなと。

キーボードは手を丸くして弾くべきか?

美芽.
キーボードの奏法のことなんですが、ピアノでよく言う丸い手の形はキーボードでもやはりやったほうがいいのでしょうか?
向谷.
クラシックのピアノの形でやるのがいいと思いますよ。難しいのは、キーボードは上の段、下の段、横の段とあって理想的な手の形をとれるアングルにないときもあるんですよ。そうするとペラペラの(指を伸ばしたような形)になっちゃうこともあるんですが、まあ弾ければいいかな、って感じですね。
美芽.
目指して練習する方向としては、やはり丸い手の形を意識してやるほうが望ましいですか?
向谷.
そっちのほうが絶対いいですね。鍵盤は手を丸くして弾くものですよ。だって伸びていたら、指がまわらないじゃないですか。それは、子どものうちにやっていた人が得ですよね。
美芽.
キーボーディストになりたい人は、やはりピアノから入るのがいいとお考えですか。
向谷.
最初から最後まで軽い鍵盤しか弾かないのならそれでもいいんですけどね。僕が弾いているのはヤマハのKX−88という鉛の入ったピアノタッチの重い鍵盤のキーボードですが、軽いキーボードしかやったことのない人は弾けないと思います。重いキーボードのほうが小さい音から大きな音まで表現の幅が広がるんですよ。そこまで考えると、是非ともピアノや重いキーボードで練習されたほうがいいですね。それに、軽いほうから重いほうへ行くと「ああ、重くて弾けないな」ってなっちゃうんですが、重いほうから軽いほうへいくとスラスラって弾ける。だからアコースティックピアノ、もしくはそれに準ずるもので練習されるのをおすすめしますね。

譜面は読めたほうがいい

美芽.
いろいろなミュージシャンの中には、独学で勉強した人もいらっしゃるようなんですが、向谷さんはピアノを習ってヤマハで勉強されてますね。独学の人を見て自分と違うなと思うことってありますか?
向谷.
そうですね、勉強はやっぱりしておいたほうがいいですよ。独学には限界がありますから。自分の曲を人に演奏させようと思った場合に、スコアが必要ですから。メロディを書いてコードを書いて、あとは適当にどうぞっていうのなら要らないですよ。でも、緻密なアレンジ、ハーモニーとかコードネームっていうのは勉強しておいたほうがいいですよ。人に伝えられないから。
(ここで、新譜「Light and Shadows」の1曲目「GOLDEN WAVES」のスコアを見せてもらう)これは全部野呂君が書いてくるんです。キーボードも二段分を一段で書いて、トップノート(コードを弾くときの一番上の音)まで全部指定されてるんですよ。長くなると面倒なので、4段でずっといくんですけどね。
美芽.
緻密なアレンジや、人に伝えるための手段を誰かに教わるべきだと。
向谷.
独学でもいいから本なんかで勉強しておいたほうがいいですね。この譜面をかいた時点で、さっき言ったビジュアル的な面も含めてもう頭の中で音が鳴ってるんですよ。メンバーと会う前にそこまでできちゃう。シュミレーションできるわけですね。そして譜面のいいところはおかしいところも直せちゃうし、カットもできちゃう。譜面は書けたほうがいいですね。
美芽.
ミュージシャンの中には、譜面の読めない方もいると聞いたことがあるんですが。
向谷.
そういう人は少ないんじゃないですか?それでもやっていける人はいいけれども、これからやる人に譜面なんか読めなくてもいいっていうのは無責任ですよ。時間と、そういった理論の本や譜面を買う時間があったら必要最低限のことは勉強しておいた方がいいと思いますね。あまり理論武装するのもよくないけど。
美芽.
今のお話は音楽理論的な面ですよね。楽器を弾くという面に関してはいかがですか。
向谷.
キーボードを弾くことに関して言えば、やっぱりね、小さい頃からやっていた人のほうが有利です。クラシックでピアノをやっていた人なんかのほうが、大人になってからはじめた人より有利だと思います。
美芽.
ベースやギターは、10代になってからはじめるひとが結構多いですよね。
向谷.
ベースやギターはいいと思うんですよ。でもキーボードに関して言えば、どういうのが望ましいですかと言われたら、小さい頃からはじめるのがいいですね。
美芽.
そこで、キーボードの前段階としてピアノをやるのかエレクトーンをやるのか、という話なんですが。
向谷.
うーん、僕はピアノからエレクトーンにいって、エレクトーンプレイヤーだった人間なんですよ。エレクトーンからこういうバンドでキーボードをやるっていうのは非常に珍しいといわれているんです。僕がエレクトーンをやっていてよかったなと思うのは、ひとりでアンサンブルをすること。足でベースを弾いて、左手で伴奏を弾いて、右手でメロディを弾く。その中にスモールワールドというか、知識ができあがってるわけです。この知識は曲を書くときににも役立つし、バンドの中でも「今さっきまで自分が弾いていたメロディはギターが弾いている、これでバッキングに専念できる」とか、足で弾いていたのがベースがやっている、リズムボックスがドラムに、というように、自分の持っていた世界を大きく広げることができるじゃないですか。だから、すごくエレクトーンはいいんですけど。でも、僕のあとが続いてこないから、そのへんどうなんだろう。
ピアノからはじめるとしたら、ピアノの重い鍵盤で演奏を充実させてからバンドに挑戦する道もありますよね。エレクトーンは自分の出身なんで、否定したくないんですよ。ただ、鍵盤が軽いのでタッチ上の問題やリズムキープが難しいってことがあるんですね。ギターやドラムは動きが上下でしょう。キーボードはダウンストロークだけなので、どうしてもね。こういう複雑な音楽をやるには、難しいですよ。
美芽.
キーボーディストって、ほとんどが楽譜を小さい頃から読んでいるというのが他の楽器とかなり違う面だと思うんです。それに伴って人によっては絶対音感も出てきますが、カシオペアのメンバーでは絶対音感があるのは向谷さんだけですよね?
向谷.
ああ、そうですね。野呂君も「絶対」じゃないですね。だから、ギターが始まるキーがちょっとだけずれているのが、僕だけわかっちゃうこともあります。楽器の宿命ですね。
美芽.
絶対音感があって得したことなんて、ありますか?それとも、そんな大きな問題ではない?
向谷.
いや、大きいと思いますけど。それだけどうのこうのということはないです。
美芽.
大きい、とは思われるんですか。
向谷.
アレンジなんかするときに、楽器がなくてもすぐに入れるじゃないですか。絶対音感がない人は楽器がないと入れないですから。強力ですよ。
美芽.
私自身は、譜面だけの世界で大きくなって、最近になって耳コピーをしようとしても譜面がないとなかなか覚えられないんです。向谷さんは、耳コピーは結構なさったんですか。
向谷.
昔はオープンデッキを買って、テープを遅く回して音を取ったりしました。でも、カセットとかレコードの回転速度が非常にいい加減な時代だったので、「C#だこれ、難しいぞ」っていって練習してたら「それただのCだよ」とか言われて「ガーン」とかね(笑)。今だったら考えられないですけど。CDで聞いたら「こういうキーだったのか!」っていうのは笑い話でけっこうありますね。昔はそんなこと平気でありましたよ。
美芽.
耳コピー的な能力、譜面に頼らない部分はミュージシャンになるのに必要だと思いますか?
向谷.
まあ、ある程度は必要だと思いますね。それはいろいろな形態があると思うんだけど、楽器を持ちながら好きな演奏を聴いて練習するというのもいろいろ会得するにはいいかもしれないし、譜面に起こしてみて「なるほど、こういうコード進行でこういうラインだとこういう効果があるんだな」と実際の曲から知識として吸収するのは、理論書を読んだりするよりも身になる確率が高いですね。僕らの時代は教則本もなければコピー譜もなかった時代です。耳コピーというのは正常な音楽学習とは別に、重要だったわけです。つまりそういう音楽をやりたかったらそれしか学ぶ方法がなかった。譜面が出てるわけじゃないですから。今は譜面が出ているから、耳コピーしなくても好きなバンドのスコアを買って練習しちゃえばいいな、というのはある。簡単になったぶん身になりにくいというのはありますね。
美芽.
そこで、やはり耳コピーもやったほうがいいということでしょうか。
向谷.
売っている譜面を使ってもいいんですが、絶対間違ってる場所があるんです。それを自分で判断できればそれでいい。だけど全部の曲の譜面が売っているわけじゃないから、自分の好きな曲で譜面がないものは自分で耳コピーするのはやったほうがいいでしょう。


Interviewed by Mime
Photography by Wahei Onuki
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