納浩一 インタビュー

納浩一はウッドベース、エレクトリックベース両方を自在にあやつり、日本で最も忙しいベース・プレイヤーとの異名をとるファースト・コールである。

2度にわたってバークリー・エディー・ゴメス・アウォードを受賞して1987年バークリー音学院を卒業し、帰国後はジミー・スミス(オルガン)、小曽根真、松本英彦らと共演するかたわら、都内のライブハウスを中心に布川俊樹&VALIS、香取良彦オーケストラ、渡辺貞夫グループなどのレギュラー・ベーシストとして、全国ライブハウスや日本・海外ジャズフェスティバルなどに多数に出演している。またチャカ、マンディ・満ちる、 Birdなどのポップス系ミュージシャンのレコーディングやツアーにも参加するなど場広い活動を展開している。

1997年初リーダーアルバム「三色の虹」を、1999年には布川俊樹との共同アルバム「DuoRama」をリリースし、2002年6月渡辺貞夫グループのメンバーを迎えて附属池田小事件犠牲者を追悼するCDシングル「8つの小さな星」を発表した。


8つの小さな星
橋@CyberFusion (以下Hashi)
まずは最近リリースされたCDシングル「8つの小さな星」について聞かせてください。このCDのタイトル曲「8つの小さな星」は、昨年6月に大阪でおこった付属池田小事件の追悼曲ということになっていますが、作曲されたときの状況、気持ちなどを聞かせてもらえますか?

納浩一 (以下Osamu)
この事件については、その日の午前中、仕事に行く途中のラジオのニュースで、第一報を聞いたのですが、それ以降その日はこの事件に釘付けになりました。時間の経過を追うごとに、またその被害の状況が明らかになるごとに、気分はどんどん重くなり、夜にはすっかりその日の演奏に支障をきたすくらい暗澹たる気持ちになってしまいました。作曲を思い立ったのは、数日後です。その暗澹たる気持ちから抜け出すには、この負のエネルギーをなんとか前向きなものに変えなければならない、でないと亡くなった子どもたち、傷ついた人たちが報われないと思ったからです。とはいえぼくにできることは音楽だけです。ということで事件後1週間以内には、この曲はできていました。

Hashi
たまたまギタリストの布川氏のサイトで見つけたのですが、この曲は去年の6月のうちに布川氏とのデュオで青森で演奏されていますね。そしてこのCDのサイトで付属池田小OBの杉田氏が書かれている茨城県古河のアップスでの演奏、CDに収録されている渡辺貞夫氏らとカルテットでの演奏、最近では5月のブルース・アレイでも演奏されたそうですが、これらはかなり編成の違うバンドで演奏されているように思うのですが、アレンジはそれぞれどのように違うのでしょうか?

Osamu
ジャズにはよくあることですが、何か特別な楽器編成用に作曲した曲ではないので、いかなる編成でも演奏できます。ただ一つ問題なのは、誰がメロディを演奏するかということです。ですから、普段はほとんどベースがメロディを取っているのですが、貞夫さんと演奏したこのCDでは貞夫さんの楽器、すなわちアルトサックスがメロディを取るということで、その楽器に一番あったキー(調号)になるよう、普段のキーとは変えてあります。それ以外に別段アレンジメント上で何か手を加えているということはありません。

Hashi
またこのCDにはもう1曲渡辺貞夫氏が阪神大震災の犠牲者のために作られた「I'm with You」も収録されていますが、どのような経緯で貞夫さんはこの曲を提供してくれたのでしょうか?

Osamu
貞夫さんにこのCDの企画を相談したとき、貞夫さんにも是非1曲提供していただきたいということをお願いしたところ、その場で、ではこの曲をという返事をいただきました。曲自体が阪神大震災の犠牲者のために作られたものということで、今回の主旨にもあうだろうし、曲調もいいのではということでした。聞いたいただいてわかるように、本当に貞夫さんらしいメロディを、これぞナベサダという雰囲気で唄いあげています。すばらしいと思います。

Hashi
納さんはご自身のリーダーアルバム「三色の虹」のなかでも、パレスチナ問題、核兵器、南京虐殺など社会性のある問題をテーマにされていますよね。ジャズ・ミュージシャンとしては、世界的に見ても珍しい存在だと思うのですが、何故、このようなテーマを曲として取上げるのでしょうか?

Osamu
作曲をするときに最も重要になるインスピレーションを与えてくれるのがそういう話題だからです。たとえがすごすぎてちょっと恐縮するのですが、ピカソがゲルニカを創作した想いと同じなのではないでしょうか。あるいはジャズシーンでいうとチャーリー・ヘイデンなんかもそういったコンセプトで作曲に取り組んでいます。
この年になると男女の恋愛というようなことを曲にするのもちょっとってとこですよね。でも環境問題とか国旗・国家の問題や天皇制と部落問題との関係性、パレスチナ問題とテロ事件とアメリカの関係性、子どもの虐待やDVなどなど、今まさにぼくぐらいの年代の大人が真剣に考えないといけない問題ばかりだと思うのです。もちろんそれぞれの解決法などぼくが見つけられるわけがありません。
それぞれの問題がひとつひとつあまりに深すぎます。でも問題提起くらいはできると思うんです。特にぼくは人の前に立つことのできる立場にいるのですから、この山積みの問題に関して、ちょっと立ち止まって考えてみませんか、というようなメッセージを発信することができればと思うのです。

Hashi
話を楽器に移しましょう。納さんはエレキベースとウッドベースとどちらも自在に操られますが、どちらがご自分としてはしっくりきますか?

Osamu
非常によく聞かれる質問ですが、ぼくとしてはどっちも優劣つけがたいくらいしっくりきてます。たとえは悪いかも知れませんが、色気たっぷりの肉感的な女性と、細身の、幼さの残ったようなかわいらしい感じの女性とどっちがいいですか、というような質問に似ています。できるならどっちともお友達になりたいですよね。幸い努力が実ってそのどちらともおつきあいができているといった感じでしょうか。

Hashi
現在使われているベース及びアンプのメーカー、モデルを教えてください。

Osamu
先ずはウッドベースから。
ベースはチェコスロバキア製のジュザックというベース。
正確にはわかりませんが、1920年頃のベースです。
ピックアップはフィッシュマンとリアリストという2つを併用しています。
アンプはウォルターウッズ。
スピーカーはバグエンド。

エレキべース。
数本持っていますが、現在メインで使用しているのは
フォデラ・インペリアル5弦ベース・ピックアップはバルトリーニ。
インナーウッドの4弦ジャズベース・ピックアップはレイン・ポー。
インナーウッドの4弦フレットレスジャズベース・ピックアップはレイン・ポー。
サドウスキー・トウキョウの4弦フレットレスジャズベース・ピックアップはオリジナル。
ジュンゾーの4弦ジャズベース・ピックアップはオリジナル。
アンプはASHREYとAGHULAR のプリアンプにYAMAHAのプリアンプ。
スピーカーはSWRのゴライアス3とBIG FOOT。

Hashi
好きなベーシストをエレキとウッドそれぞれ3人づつあげてもらえますか?またそれぞれどこが好きなのかもコメントしてください。

Osamu
先ずはウッドから。
1)デイブ・ホランド
なんといってもあの力強いグルーブ感、それにあのスピード感のあるソロ。赤鬼のように弾いている姿は、かつて近鉄バッファローズにいたチャーリー・マニエルを連想します。
2)ジョージ・ムラーツ
ぼくが初心者の頃最も影響を受けたベーシストです。その完璧な音程とテクニックを駆使したソロのすばらしさといったら!
3)ポール・チェンバース
なんといってもあの黄金期のマイルス・デイビスを支えたグルーブは万人の認めるところでしょう。ホーンライクなソロも、50年近く経ったいまでも学ぶところは本当に多いです。

エレキベース
1)ジャコ・パストリアス
後にも先にも、あんなベーシストは彼一人です。天才の上にスーパーをつけたいくらいです。
2)マーカス・ミラー
1歳年上の彼には、あらゆる意味で刺激を受けました。演奏スタイル・音楽に対するアプローチ・ミュージシャンとしてのスタンス等々、いちいちぼくがやりたいと思うようなことを、ばっちりとやってくれる、そういう意味では最も憎らしいやつです。
3)スティーブ・スワロー
あの独特のベーススタイルもお見事なんですが、なんといっても作曲がすばらしい。それとプロデュース能力。カーラ・ブレイとの数々の共作なんて、ほんと大人のおしゃれな感じがでていますが、ぼくもあんな風に力が抜けていけばとおもいます。

Hashi
若い頃は当然かなりの練習を積まれたと思うのですが、最近はどのような練習をされているのでしょうか?具体的な練習方法などあれば教えてください。

Osamu
正直言って楽器の練習という意味で、ほとんど練習らしい練習はしていません。言葉を換えれば、次の質問にも関連するのですが、人生、生きていることすべてが練習というような感じがしています。生意気なようですが、表現したいことが見つかれば、それをとりあえず表現できるテクニックはもう既に持っていると思うのです。
ですから今大事なことは、その表現したいことを見つけるということです。
そのためには楽器の練習というよりも、人生勉強、すなわち日々自分の回りにアンテナを最大限張り巡らして、そこからなにを感じなにを思うかをはっきりさせ、それを自分の音楽でどう表現するかというようなことが大事だと思っています。
そのためには楽器の練習というよりも、人生勉強、すなわち日々自分の回りにアンテナを最大限張り巡らして、そこからなにを感じなにを思うかをはっきりさせ、それを自分の音楽でどう表現するかというようなことが大事だと思っています。

Hashi
ところで、納さんはワールドカップ・フリークとのことですが、今回はワールド ・カップはいかがでしたか? 好きな国、好きな選手なども聞かせてください。

Osamu
やはり音楽もサッカーも生が一番です。
あの韓国の大コールも、会場で聞くのとTVのしょぼいスピーカーで聞くのとでは大違い。
その韓国にも計3往復しましたが、本当におもしろかったです。
途中は「なんでこんなしんどいことを、大枚はたいてやってんのかな?」という疑問もなくなかったですが、今となっては最高の想いでのひとつです。
今回応援していたのはカメルーンです。
やはりあの自由奔放なイマジネーションが大好きです。そのイマジネーションが組織にどこまで通じるんだろうというような点に注目していました。まあ、見事に跳ね返されましたが、そこがアフリカの良さでしょう。
好きな選手は、やはり中田です。彼はイチローとともに、数少ない、まともなことをしゃべっている(それ故にマスコミからは嫌われてますが)スポーツ選手だとおもうからです。海外の選手では、オルテガ・ドノバン・ラウル・カーンなんかがよかったですね。

Hashi
今後の活動予定を教えてください。

Osamu
別にこれといった、特筆すべき活動はありません。 今まで通り、来るものは拒まず、その合間に自分のバンドで自分のメッセージを表現し、 お金が貯まったら2枚目のリーダー作でも作ろうかな、なんてのんびり考えてます。

Hashi
どうもありがとうございました。




「8つの小さな星」のCD評
納浩一ウェブサイト

Interview and photography by Hashi
copyright 2002 by CyberFusion