松岡直也「The Earth Beams」インタビュー
このたびヴィレッジレコードから、ラテン・フュージョンの大御所・松岡直也さんが「The Earth Beams」をリリースしました。
今回のコンセプトは、キューバとブラジルの伝統的サウンドを現代に伝えようというもの。アルバムについての取材として話がはじまったのですが・・・直也さんのラテン談義、始まりだしたらもう止まらない! 今回も取材全体の内容をノーカット、フル収録。ぜ〜んぶお伝えします!
松岡直也メッセージ
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●今回はラテンの伝統的サウンド

−先日は六本木スイートベイジル139のライヴに行かせていただきました。楽しかったです!

松岡 あ、そうなんですか。あの日は、いきなりはじめての新曲ばかりでね・・・。

−本編最後の曲「野生の月」で、直也さんが踊っていらしたのでビックリしたんですが(一同(笑))。 あの踊りっていうのは練習などされたんでしょうか。

松岡 いや、別に・・・。本当は前の人の肩を後ろの人が持って、パレードしながら踊るものなんですよ。

−当日は直也さん、高橋ゲタ夫さん、赤木りえさんの3人で並んでやってらっしゃいましたが、それじゃ本当はもっと大人数でずらーっと並ぶものなんですね。

松岡 そうですね。コンガは1930年代のラテン・ダンス音楽として流行ったんですよね。もとはといえば、カーニバルの仮装舞踏パレードの音楽で、コンガコンパルサとルンバコンパルサでは、リズムや踊りのスタイルが違うんですよ。

−じゃ、あの曲に限らず、コンガのリズムの曲はすべて踊りの振り付けは決まってるんですか。

松岡 振りというか、ステップですね。

−私はてっきり、振り付けの方がいて練習したのかと思ってしまって(笑)。赤木りえさん、高橋ゲタ夫さんも、もともとご存じだったんですか。

松岡 そうですね。1回やればその場で覚えられます。簡単なダンスですから。

−そうなんですか。いやーびっくりしました。

●ラテンのリズムいろいろ

− 今回、レコード会社からいただいた資料で、松岡さんの執筆なさったアルバム解説を拝見したんですよ。

松岡 アルバム解説はリスナーのみなさんにコメントした程度で、リズムあれは曲目のリズム解説ですね。「The Earth Beams」を聴くとき、その曲名のリズム解説を一応読んでおいて、ポップスでも聴いているような感じで聴いてもらえれば自然とメロディとリズムが耳に入ってきて楽しく聴けるんです。ラテンのような伝統音楽は、いつ、誰が聴いても理解できるもので、決して難しく考えて聴く必要はありませんからね。  

−この解説を読んで、こんなにいろんなリズムの名前があるなんて、びっくりしました。

松岡 なんといってもキューバとバイーア(ブラジル北東部の地方)は伝統リズムの宝庫です。今回のレコーディングでは、今回やりたかった音楽のほんの一部分でしたからね。

−そうした伝統的なサウンドというのは、お若い頃にレコードを聴いて全部吸収なさったんですよね。

松岡 そうなんですよ。それと、その楽譜ですね。エドワーク・B・マークス社から1冊1ドルぐらいで出版されていましたから。

−特にラテンの本場に行って修行したとか、そういうことはないんですよね。

松岡 ぜんぜんないんです。まったく独学でしたから、LPを聴いてコピーすること、それと当時のLPには、メレクンベ、タンゴ、ワラチャというようにリズム名が書いてあるLPがあったので、他のLPと聴き比べたりしても、非常に参考になりましたね。

●アフロ系の伝統音楽は素晴らしい!

−キューバといえば、今回のアルバムもキューバとブラジル両方のサウンドから構成されてますよね。

松岡 そうですね。アフロ系リズムの関連からで、アフロ・キューバン、アフロ・ブラジレイロというようなアフロ系の音楽文化が原点にあるからですね。

−実は、私は音を聴いただけでキューバとブラジルの区別ができるほどよくわかっていないんですが、1曲目「The King of Nature」だけはブラジル系かな? と思いました。

松岡 その通りです。サンバ・ヘギィのリズムでブラジル系ですね。ブラジル系といってもリオじゃなくて、バイーア地方のものです。バイーアはブラジルで一番多くアフロ系ブラジル人が住んでいて、アフロ系の文化や宗教が栄えたところ。伝統音楽が沢山あるわけなんです。今回ブラジリアンをやったのもその理由からなんです。

−最初に伝統音楽というのがあって、そこに欠かせないアフロとの関連、そしてサンバ・へギィが出てきて、そのスタイルで曲をかこう、という順番だったんですね。

松岡 そうです、リズム先行でメロディはあとから。でも、メロディが浮かんだときにリズムのアンサンブルは必ず一緒に考えています。常に僕の曲というのはラテン的な考えっていうか、他の人と違ってね。いわゆる気持ちいいリフだけどんどん書いていくとか、メロディとコード進行だけ書いていくとか、そういう流れじゃない。

−メロディとリズムが、セットになってるんですね。

松岡、そう、セットになってるんです。それで乗れなかったら何曲モチーフが出てもダメですね。そのフレーズがリズムにのれるかどうかということです。

●作った曲がスタンダードに似てしまった!?

松岡 作曲の場合、いくらリズムとメロディのいいコンビネーションが出ても、こんど盗作っていうのがあるんですよ。今までに発表されたフレーズと、似たようなメロディーになってしまう。そこが難しいんですね。誰かがやったことあるようなフレーズばかり出て来る。スタンダード曲に似ちゃうんですね(笑)。

−いや、そんな(笑)。

松岡 いや、ホントにそうなんですよ。「いいな」と思っても、「これは今までにあった流れだな」とかね。ただ、そこでさっきいった伝統サウンドの形式に関しては、逆にどんどん応用していい、応用しないと損なんです。だから、これがトラディショナルなフォームか、誰か他の人のオリジナルか、そこの判断がポイントで、ラテンの場合何十年も聴いていないと、すぐには判断できないですね。

−詳しくない人には、何が盗作で何が盗作でないかなんてわからないわけですね。

松岡 そうです。トラディショナルといっても、メロディーとコード進行が同じものではダメですけど、リズム・パターンは盗作にはならないんですよ。このへんの判断は歌と違って難しいですね。とにかく曲をかくときに応用できるトラディショナルなリズムに、いかに新鮮なメロディーをかくかがポイントなんです。  

●モノトゥーノにはふたつの意味がある

−あの、モントゥーノってピアノのバッキングパターンだと思っていたんですが、違うんでしょうか。

松岡 いや、実は、「モントゥーノ」にはふたつの意味があるんです。ラテンの曲の構成の話になるんですが、まずメインテーマの部分を「ギア」っていうんですよ。それが終わると展開部分になる。コーラスとソロヴォーカル、あるいはコーラスと楽器の掛け合いで展開していく部分があって、それをモントゥーノっていうんです。モントゥーノのことを、キューバではエストレヴィージョともいうんですけどね。その部分で弾くパターンは、ピアノはコードサポートをするリズムリフがあるんです。それが最初のニュアンスとしては、絶対にアンサンブルの中にひとつのパターンがきちんとあって、そこからはみでないようにやる。そのピアノのリズムリフのことも、モントゥーノというんです。なぜピアノのリズムリフをモントゥーノといいだしたかというと、モントゥーノのところで展開するピアノのリズムリフだからなんです。モントゥーノも決まったパターンではなくて、そこから展開して自分のフィーリングでテンションを取り入れてモントゥーノのフレーズを変えていくんですが、それを「ワヘオー」といいます。だから、「あのピアニストはワヘオーが弾ける」とか「弾けない」とか、よく言いますよね。

−松岡さんは、そういったワヘオーのようにモントゥーノを発展させていくというのはよくやっているわけでしょうか。

松岡 ええ、僕の場合ほとんどそうですね。ただ、アンサンブルが複雑になってきてみんなでそれをやるとぐちゃぐちゃになってしまう。だからそこは聴きながらの感じでね。「ここはモントゥーノのちゃんとしたパターンでアンサンブルにはまる」「みんながしっかりしているときにはワヘオーでいこう」とか。すべてライヴの中で展開していく部分です。若いミュージシャンは理屈抜きで自然に身についているから、こういう基本的な理論もいらないんですが、もとをただすとそういうことなんです。

●情報源は「ラティーナ」のニュース欄

−若いミュージシャンとおっしゃいましたが、今回のアルバムで共演なさっている方は、ラテン音楽に造詣が深い方ばかりですよね。

松岡 みんなキューバに行ったりして、現地のミュージシャンと交流がありますからね。ドラマーの外山なんてアフリカに行くぐらいですから。キューバに行っていないのは僕ぐらいです。僕はブラジルも行っていないんだけど、今回共演したパーカッションのフランシス・シルヴァ、彼に話をきいてみると「僕がLPやCDを聴いていろいろ取り入れてきたものが全部合ってたな」と思いましたね。

−すばらしいですね!

松岡 ただし、最近のキューバ音楽にはテクニックやノリについていけないものがありますけどね。伝統的な感じが全く見えない16ビート系の複雑なノリですね。そこで今回のアルバムの話に戻ると、よけい原点に戻って伝統サウンドを伝えたいっていうのがあるんです。するとアフロ系の原点っていうのが絶対切り離せないんですね。

−キューバもブラジルも、もとはアフリカなんだけど、細かいところは違うということですよね。

松岡 ただ、宗教音楽に関しては同じ感じのものが多いですね。それとキューバ・ブラジル音楽にいえることは、両方ともアフリカ・ヨーロッパ(スペイン・ポルトガル)仁との混血でできたムラート音楽なんです。

−サンバ・ヘギィの話に戻りますけど、「The King of Nature」のリズムってすごく土っぽいというか、伝統的なものを感じました。2拍子で「どぅーん、た・た、どぅーん」っていうあの「どぅーん」っていう、パーカッションの音が印象的で。

松岡 あれは、スルドですね。実はあのリズムは、伝統音楽というより80年代に入ってアフロ・ブロコ系のグループが生み出したリズムです。スルド・ビートが中心になってパーカッション軍団が大勢いるオロドゥンっていうグループがいますけど、彼らが最初にやったんじゃないですかね。アフロ・ブロコ系で90年代の若いグループでは、チンバラーダも盛り上がってきているみたいですね。パーカッション隊もものすごく多くて、たぶん何十人という集団でやっているはずです。Samba Reggaeと書いてサンバ・ヘギイと読む。へギイというのはレゲエのことなんです。

−松岡さんは、そういう情報はどちらから入手なさるんでしょうか。

松岡 僕の場合は、雑誌をたまに読んで。「ラティーナ」が一番詳しいですね。「ラティーナ」の海外ニュースとインフォメーションの、やれベネズエラでどうの、ニューヨークでどうの、あのへんを見ているとだいたいわかるんです。それと国内盤のCD解説・情報。少し遅いけどね。

−お話だけ聞いていると、もう現場にいらしたみたいですよね(笑)。

松岡 いやいや(笑)。だいたい気になっちゃってね。

●現代キューバのヒップホップ

−じゃ、今も何か気になっているバンドなんかあるんでしょうか。

松岡 今ですか。そうですね、まあ、キューバの音楽がちょっと変わってきましたね。ヒップホップの取り入れ方がブラジリアンとキューバでは違うんです。ヒップホップのはじまりはダンスビートで、僕なんかヒップホップの元祖はキューバのマンボだと思っているんです。でも現代の人ってマンボの踊りを見たことがないでしょう。50年代の「ア・ウーマン・イン・ラヴ」っていう映画で、マーロン・ブランドとジン・シモンズが主演で、振り付けがあったと思うんですが、映画の中でマンボを踊るシーンでヒップホップ的な要素のあるダンスになっているんです。だから僕なんかは、ヒップホップは、キューバのマンボが一番早いんじゃないかと思っているんですよ。  キューバのセンスとブラジリアンのセンスの違いはあるんですが、ファンキーでよりダンスビートになっているのがブラジリアンなんですね。キューバのほうはなんていうか、もっと難しくて複雑なビートで、リズムの展開の鋭さがある。僕はいまのキューバの音楽に追い付いていけないのは、そこなんです。そこへいくと、ブラジリアンのヒップホップは非常にポップな感じで、踊りやすいですね。かなり両者で違ってきています。要するにダンスビートの解釈のセンスが違うわけです。キューバのヒップホップビートはお国柄で、黒人的な16ビートっていうのかな。でもキューバ人は、平気でヒップホップして踊っているんですよ。

−日本人にはなかなか難しいんでしょうか。

松岡 一般的に言うと、難しくて踊れない思うんです。ダンス・ビートのノリを感じるものがないとついていけない。それに対してブラジリアンのヒップホップは、すごくファンキーで踊りやすい。一般的なものは、レゲエとか、ニューヨークのクラブハウスのヒップホップダンスになってきます。それは日本のポップスでも流行っていて、誰でも踊れますよね。だから僕は最近のキューバの音楽を聴かなくなっちゃった・・・・。

−だから、その前のソンゴとかを取り入れたわけですか。

松岡 そう、そのへんは聴いていて一番踊りやすいし、楽しい。ヒップホップでもソンゴとかマンボで踊ればいい。キューバって常に新しいものが出てきているんです。でも、キューバのダンスビートに関しては研究不足というか、追い付いていけなくてね。だからキューバに関しては伝統的リズムのあるものしかなじめない。

−だから今回のアルバムのキューバ的なものは、だいぶ前のものになるわけですね。

松岡 かなり前です。19世紀ですから。ほんとにそこが大事なんです。19世紀といえども1800年代後半ですけどね。メロディーの感じ方、コードの流れとか、そのへんは変わっていきますけれど、感じるサウンドというのはそのへんが一番大切で原点なんですね。

−ただ、19世紀の録音って残ってないですよね。松岡さんは、20世紀になってから19世紀のスタイルで演奏した録音を聴いて、いいなと思われたんですか。

松岡 そうです、もちろんちょうど若い時に聴いた音楽なんですよ。10代から、せいぜい20代の前半まで。その当時の日本は、ジャズもラテン音楽もビッグバンド全盛期でした。  僕の場合はもう少し伝統的なキューバのサウンドを追っていたので、当時は研究の時代。世の中に出られなかった。仕事場=自分の研究の場。若い頃からこわいもの知らずだったんです。僕はミュージシャンの間では「ラテンをやるなら松岡のところに行け」と言われるぐらいのすごい存在だったんですけど、一般的なレヴェルからはほとんど相手にされなかった。

−ビッグバンドと、松岡さんのやりたい伝統的なサウンドでは、路線が違ったんですね。

松岡 そうです。とにかく僕はリズムを大切にしていて、リズムアンサンブルがなければ、という解釈でした。でもニューヨークのラテン・ビッグバンドはやりたかったサウンドです。

●メロディーリズムは同時に浮かんでくる

−リズムを大切にといえば、この前のライヴの編成も本当にリズム重視でしたよね。ピアノ、フルート、ベース、ドラム、パーカッション、それにゲストでパーカッションがもう一人でしたか。ピアノにとっては決してラクな編成じゃないですよね。

松岡 だからすべて、ぼくの音楽はリズムアンサンブルから出て来るんですね。曲にしても、ソロにしても、メロディーにしても。メロディーを歌ったときには、必ずリズムアンサンブルがついてきますから。

−メロディーより前にリズムがあるっていうことは、ないんですか。

松岡 あります。最初からリズムを歌っていて、常に同時進行で。

−作曲はピアノに向かってなさるんですか。

松岡 そう、本当にピアノだけ。

−鼻歌で出てきたりすることはあるんでしょうか。

松岡 あ、ありますよ。出てくるときは1曲スーッと出てくるんですよね。できないときは、何回やってもダメ。今回のアルバムで鼻歌で出てきた曲は「CRIMSON」。

−鼻歌だと忘れないようにするには、どうするんですか。いそいでメモったりするんですか。

松岡 いや、前は熱心だったから、フレーズが浮かぶとサッと書いたりしていたんですけどね(笑)。最近は、消えちゃったモノはしょうがないやというあきらめが出てきた。それだけ年取ったというかね。覚えているものだけ曲になればいい。

−ということは、「CRIMSON」は、頭に残っていたわけですね。作曲のペースなどは、どうなんでしょうか。1日1曲とか、できちゃうんですか。

松岡 いや、できないときは1週間かかってもできないですけど。その曲にモチーフにもよりますが、できるときはだいたい30分。いいテーマがあると、譜面書くのが追い付かないぐらい出てきます。それが盗作かどうかは、仕上げちゃってから考えます。だいたいつまづく曲は、従来あるメロディーなんですよね。それからリズムが決まっているとメロディーがなかなか出てこなかったりね。メロディーとリズムのコンビネーションがうまくできたときは、パッとできるんです。

−じゃ、ここのピアノに座って考えるんですか。

松岡 そうですね、それと2階にローズ(電気ピアノ)があるので、それを使って。でも今回は割と早かったですね。ほとんどサボってたから、実際に使ったのは5日間ぐらい。

−たった5日間!?

松岡 ただ、とびとびなんですよ。

−その5日間は、はじめから終わりまで期間はどのくらいあったんですか。

松岡 2ヶ月半ですね。

−他の日は何をしていらっしゃるんですか。

松岡 ここを作ったのが去年なので、片づけものをしたり、庭の手入れをしたり。

−雨が降ると、曲ができるとかいうことはあるんでしょうか。

松岡 それもありますね、レコーディングが控えていれば、雨が降ればやるよりしょうがないですからね(笑)。 今回はアレンジの作業がほとんどなかったですからね。伝統的なサウンドには難しい仕掛けを作ったり、追いかけっこしたり、ハーモニーの構成を考えたりする必要がなかったから。今回は割合早かったですね。  「Mother Earth」のストリングスは5・6時間かけて書きました。生でやってもいいように編曲してあります。今回は作曲して、スケッチを書いたときにはアレンジ仕上がっているという感じ。  ともかく今回はメロディーをかいた時点でそれが編曲なんですね。あとはミュージシャンがどう曲を理解してまとめあげるか、彼らのセンスと曲へのアプローチのしかたにかかっているんです。そこがすばらしいなと思うのが今回のメンバー。ひとりひとりがみんなすばらしいんです。でもサンバ・ヘギィはあまりやったことがなかったみたいなので。フランシスは研究しているんですけどね。ランバダを日本で一番早く踊ったのは彼ですから。ほんとにマルチプレイヤーなんです。

−曲ができると、マネージャーさんに聴かせたりっていうのはあるんですか。

竹中 ラテンのリズムが思い浮かばない人が聴いても、よくわからないんですよ。想像がつかなくて。今までもメロディーだけ聴いて想像していても、レコーディングになると「ああ、こんな曲になったんだ」ってね。

−松岡さんにしてみれば、イメージ通りなんでしょうか。

松岡 そうそう。

竹中 メロディーだけ聴いているとロマンティックだなあと思うんだけど、実際はリズムがガンガン出てきて、そういう中で歌ってたりね。普通の曲ならデモテープでリズムマシーンを鳴らしてますけど、ラテンのパターンはリズムマシーンで作るなんて大変じゃないですか。だからピアノだけ入っているデモテープを渡されても、実際のできあがりを想像するのは、ラテンをわかっている人でないと難しい。歌ってみるのも、聴いているとすぐに歌えそうだけど、ラテンをわかっていないと歌えないんですよ。聴いて覚えたまま鼻歌で歌っていると、全部譜割りがずれていたりしてね。

●スーパーフルーティスト、赤木りえ

−赤木りえさんが参加してらっしゃいますが、フルートが欲しいから赤木りえさんなんですか? それとも赤木さんがフルーティストだから、フルートのパートがあるんですか?

松岡 なぜフルートリードかというと、彼女も本当にいろいろよく聴いていて、非常にラテンが好きなんです。エンターテインメント的センスというか、バンドを引っ張っていく、曲を理解して自分が曲をリードしていく、曲を生かすも殺すも自分にかかっているという責任感があって、曲に対するとらえ方が非常に的確なんです。そこまでわかるっていうことは、理屈でいくらいったって、テクニックがあったって、メロディーのもっているイントネーション、表情を全部解釈しないと出てくるものじゃない。りえさんにはそういう素質がある。だからラテンに関してはりえさんじゃなかったら僕はフルートリードではやらないです。

−特に今回のアルバムのような、伝統サウンドではりえさんのような方が重要なわけですね。

松岡 そうですね。ふだん話をしていても、彼女は古い作曲家とかよく知っているんですよ。だからラテンが本当に好きなんじゃないかと思います。

−松岡さんと赤木りえさんで、趣味が似ていらっしゃるということなんでしょうか。

松岡 うーん・・・そうでもないんですよ。この前彼女のコンサートに僕がゲストとして呼ばれて行ったんですけど、僕にしてみると全然違うジャンルの音楽をやっていたんです。フルートでいながら、ロックじゃないんですけど、すごくヘヴィな。エレキフルートみたいな音色で。全然違う音楽をやっていました。ああいうエネルギッシュなところで演奏するというのは僕ははじめて経験したんですけどね。まあ、いろいろやっている人なんです。彼女はもともとクラシックの出身なんですよ。僕は、ラテンをやっているりえさんが一番いいと思うんですけどね。   まあ、フルートリードだったら、りえさんでないと無理ですね。トランペットリードだったら最低でもセブンホーンズは必要になってきますから。

−信頼度の高さがうかがえますね。

松岡 そうなんです。前回のアルバム「エメラルド」の場合は、いままでやってきた70年代にクロスオーバー、フュージョンサウンドが全盛期で、ラテンジャズをやりたくてしょうがなかったのに、メンバーがついてこれなかった。今は若いメンバーがいて、ラテン音楽をやっていくうえで非常にいい環境にある。現地と交流はあるし、ビデオはあるし、ミュージシャンどうし交流もある。70年代の前半は、本当にだれもラテンって知らないんです。その時代にちょうど僕はラテンが飽きちゃって、ライブハウスで研究バンドということでラテンジャズをやっていたんですよね。研究バンドですから、完成されないまま終わっちゃった。一度はそういうラテンジャズに近いものをレコーディングしたいというのが、前回の「エメラルド」なんです。今回はそこから離れて原点にいっちゃおう、ということで、それには「スーパー5」がうってつけだと。そうでなかったらオーケストラという選択肢もありますけどね。

●僕のセンスは1950年から70年代前半まで

−最近、ラテンとジャズの両方を取り入れたミュージシャンが少なくないように思うのですが、松岡さんからごらんになってどうですか。

松岡 日本の場合確かにそう思いますね。でもニューヨークなんかはアフロ・キューバンジャズ全盛期の1950年頃、自然とそういう環境にあったわけで、特に考える必要性はなかったですね。僕がラテン・ジャズに入り込んでいたのが1970年頃だから、今の日本の彼らとは30年もかけ離れているわけですね。  僕は10代のころからキューバ音楽やニューヨークのラテンビッグバンドを聴いて育ったんです。同じように海外のミュージシャンがそれを聴いて育って、それを今の日本のミュージシャンが聴いている。だから僕と若いミュージシャンは経由が違うんですよね。僕の音楽のセンスは、1950年から70年代前半までですね。50年代60年代にはすばらしいサウンドがあるんです。いつになってもこれは、自分が一番ためになって自分が吸収した音楽ですから。

−今回のアルバムにはそういったものが反映されているということですよね。

松岡 そうですね。そして、今若い人がとりいれているサウンドというのはおもに80年代以降のサルサになっちゃっている。

−サルサになっているのとなっていないのは、何が一番違うんでしょうか。

松岡 ラテン・ジャズだったらそのバンドのオリジナリティがあったほうがいいと思うんです。それとパーカッションを含めたリズム隊のノリが、どのバンドでも同じに感じちゃうんですよ。サルサだったら踊りやすいグルーヴ感があればいいんじゃないですかね。  それとサルサのサウンドは、サックスセクションを使わないサウンド、ブラス+コーラスですね。もちろんソロヴォーカル(ソネーロ)が入ってのことですが。70年代以降はそうなった。

−コーラスがあるとサルサなんですか。

松岡 そうはいわないんですが、ラテン・ダンス・ミュージックを全部サルサと言っちゃっているんです。ぼくらに言わせればラテンポップスなんですけどね。ダンスミュージックだったらサックスセクションがあってもいいわけです。コーラスがいなくたってソネーロ(ソロヴォーカル)がいて、バンドのサックスセクションが歌えばいい。  サックスセクションのハーモニーはいらない、ブラスセクションだけでいいということで、サウンドが簡略化されちゃったんです。そのかわりにコーラスがあればいいんですね。

●うちにピアノがない!?

−実はここへ来る途中で、ご自宅にアコースティックピアノがないとうかがってビックリしたんですけど、このヤマハのCP(エレピ)でもけっこう練習になるんですか。

松岡 ええ、練習になります。音は小さいですけどね。

−鍵盤の重さはどうなんですか。

松岡 普通は生ピアノと同じぐらいなんですけど、これはタッチを軽くしてあります。ここ何年かは僕のタッチが弱くなっているので。

−毎日ハノン(指練習のスケールなど)を練習なさっているんですよね。

松岡 今日も実はやったんです。ちょっと指を庭仕事で悪くしちゃって、ここんところ練習不足なんですけど。

●ライヴでピアノの音をうまく拾うには

−ピアノがパーカッションの入ったバンドで演奏する場合、ピアノの音が消えないようにバランスをとるのが大変だというお話をよく聞くんですけれども、そのへんの苦労はどんなものなんですか。この前のライヴできいたときには、ピアノの音がよく出ていて、もうパーカッションがガンガン近くで鳴っていても全然平気なのかしら、と思ったんですが。

松岡 いや、平気でもないんですよ。会場の状況で音がまわっちゃたりするところとか、ありますからね。ピアノのまわりの音をマイクが拾っちゃったりね。この間、ピックアップマイクを使ったりしました。

−ピックアップマイク?

竹中 ピアノの鍵盤が88あって、弦はその3倍で何百本もあるわけですよね。(ピアノは1つの鍵盤につき弦が3本鳴る仕組みになっている)。2本のマイクを使うと自然な響きになるけれど、効率が悪い。まわりの音も入ってくるから、ピアノの音のボリュームを上げたくてもできない。だからピックアップマイクっていうのをピアノの金属フレームだとか、外側の木の部分に張ったりするんです。それをすると音色は少し犠牲になるけれど、ハウリングは避けられる。すると全体の中でピアノのボリュームが上げられるんです。バンダ・グランデのときなんか、バンド全体がもっとエレクトリックじゃないですか。

−そうですね、バンダ・グランデはエレキギターも入っていますしね。

竹中 音も大きいですし。だから、弦全部にピックアップをつけるので、板みたいなマイクを張って、音を採るんですよ。音は良くないんですけどね。

松岡 音が良くないって言うか、余韻がね。箱の響き、共鳴がなくなっちゃって、デジタルピアノのようになっちゃう。

竹中 細かい倍音とかは出ないけれど、音色1個1個はちゃんと出るわけです。ピアノって、やっぱり弾いたときにガアーンっていう弾いていない音の弦が共鳴していい音がするんですけど、ピックアップだとそれがなくなっちゃうんですね。

−この前のライヴでは、ちゃんと倍音も鳴って、いい音でしたよね?

竹中 表、つまりお客さんに聞かせてた音は、たぶん普通のマイクで、自分のモニターは、ピックアップ中心です。表は普通のマイクでもハウリングにならないし平気なんですけど、モニターはマイクのすぐ近くで鳴らしているから、ピックアップの音じゃないと難しいんですね。会場によっていろいろ苦労しますね。モニターからピアノの音は返して、ドラムやパーカッションの返しがゼロでも聴きやすい会場もあるし、出さなきゃ行けないところもあるし。

●僕はテクニックを使わない

−それにしても、松岡さんの演奏を聴いていると、音楽性はもちろんのこと、テクニックがすごくて、聴いていてびっくりすることがあります。

松岡 普通はピアニストってテクニックを聴いてもらう面も大きいんです。でも僕はフルにテクニックを使わないんです。グループ全体で聴いてもらうプレイをしているので、なかなか伝わらないことが多いんですよ。

−え、そうですか!?

松岡 昔の僕はテクニックがすごかったらしくてね、弾きすぎとか言われていたんです。まだ世に出ないときに専門家の批評で、「あいつは弾きすぎ」だって言われてね。テクニックでもってカバーしているスタイルだ、と。そこでフレーズの形じゃなくて、だんだん全体の響きでもって、弾くというようになったんです。  それで、僕はベーシストがいないとダメなんですよ。左手もハーモニー、メロディーに加わっちゃうんで。それが僕のスタイルなんで、なかなか伝わりにくいんですよね。

−今でもテクニックがものすごいと思うんですけど(笑)。若い頃の「弾きすぎ」っていうのも聴いてみたいくなっちゃいました。

松岡 この前のライヴはね、人差し指が使えなかったんですよ。

−えっ!?(全然気づかなかった)。それは、さっき庭仕事で手を痛めたっていうお話ですか。

松岡 そうなんです。人差し指は使っているけれど、ほとんどそっと弾いてましたね。今日は大丈夫ですけどね。

−松岡さんは、椅子の高さはどうなんですか。

松岡 僕はね、他の人よりも椅子の位置が低いんです。みんな他の人はとてつもなく高いところから弾くんですけどね。

−体重をかけて弾くというのはあるんですか。

松岡 あんまりないですね。

−指の力だけで。

松岡 そうですね。

−手首は使ってらっしゃるんでしょうか。スナップをきかせるみたいな。

松岡 手首は使います。和音やオクターヴで弾くとき。

−腕を使ったり、背中を使ったりというのはあまりなさらない。

松岡 ないです。地味に弾いていますから(笑)。

−見た目は地味なんですけど、音がすごく華やかですよね。

松岡 なんていうかね、ラテン的なタッチなんですよ。レガートレガートになっちゃうんです。

−指もかなり上下して弾いているように見えるんですが、音がうるさくないのが不思議でしょうがないんですよね。

松岡 テクニックでフレーズを弾くんじゃなくて、全体のピアノの鳴りを重視してますから。ひとつのシングルトーンで勝負するっていうのじゃないですからね。パラパラパラっといってもスケール的なフレーズじゃなくて、ピアノでなんとなく鳴っているという。

−パラパラパラっていうのは、ピアノで和音をバーンと鳴らしている間に、パラパラパラって細かい音符を弾いている、そんなイメージですよね。

松岡 そうです。コード・アルペジオ奏法のときですね。

−ああいう部分、とってもキレイだと思うんですけど。

松岡 そうですか? それはうれしいな。

●次回作はフュージョン?

松岡 まあ、今回のアルバムは伝統サウンドをすたれないように、ということなんです。それは音楽の原点ですからね。特に伝統的サウンドは、キューバにすばらしいものがあって、ブラジルではバイーア地方をを外すことはできないんです。そこにはアフロからの絡みがあるんですが。それをポップス的な感覚で楽しんでもらえたらこれは一番最高ですね。

−聴いていて、とってもメロディーがスッと入ってきましたけど。

松岡 それはね、リズムがね、アンサンブルが合っているからなんですよ。

−12月・1月とライヴツアーですが、その後の予定などは。

松岡 そうですね、のんびりしてるからなあ・・・・。今度はフュージョンに戻ってもいいですね。ラテンジャズをやって、トラディショナルサウンドをやったでしょ。するとエレクトリックのフュージョンかな。

竹中 そっちのほうはここ2作ごぶさたですから、是非やりたいですね。

松岡 ピアノwithストリングスっていうのもいいんですけど、それは70歳を越えてもできるんですよ。オーケストレーションのアレンジですから。まあピアノを表現するひとつの音楽の形として、withストリングスっていうのは、今までも何回かニューヨーク・フィルなんかとやったことなんかありますけど、僕の場合は必ずリズムセクションがくっついてくるもんだから、合わせるのが難しいんですよね。ただそれはいつでもできる。僕はやっぱりラテン・フュージョンっていうのが確立したサウンドでありますからね。

取材を終えて

 お会いしてお話していると、松岡直也さんって、ほんとに優しくて、ものごしのおだやかなおじさまなんです。ところが、言っていることのスケールが、めちゃくちゃ大きいというか、ハイレベルというか・・・。圧倒されました。もう、「すみませんでした」って感じ。家に生ピアノがなくてもライヴではあれだけ演奏しているとか、キューバにもブラジルにも行ったことがないけどほとんど現地の音楽シーンの様子は把握しているとか、テクニックは使わないだとか、雨が降ると曲ができるだとか・・・(それって「晴耕雨読」!?)   加えて私がどうしてもふだんフュージョンリスナーなもので、その立場からわからないことをどんどん質問しちゃいました。モントゥーノの意味は2つあるとか、キューバとブラジルの違いとか、サルサについてだとか、ラテンの曲についてのレクチャーっぽいお話・・・。ラテンに詳しい方で「わざわざ取材に行ってなんて基礎的な話をしてるんだ。ツッコミが浅い」と思った方がいたらゴメンナサイ。でも、直接お話していただくと、難しい話もなるほどって感じでした。  直也さんはラテン・フュージョンの大御所、いろんな意味での草分け的な方でいらっしゃいます。もともとピアノもまったくの独学で、すべて聴いて覚えたという話。独学というのも、ほんとうに誰にでもできることではないという気がしてきました。やはり、パイオニアになるためには、少ない情報を自分で補える力が重要なのかも。(美芽)

Interview & Text by Mime
Photography by Village Record
Copyright  by 2000 Cyberfusion

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