Dimitriou’s Jazz Alley, Seattle 2002.06.15 Lee Ritenour(guitar)
早朝5時、まだ日の出前の薄暗い中アパートを出発した。最寄の空港、インディアナポリスから40分のフライトでまずは経由地のシカゴへ。そしてそこから一路西海岸の海辺の町シアトルへ。飛行機の窓からシアトルの街の南に位置するレイニエ山が、その雪をかぶったままの頂きを雲の上にひょっこり見せているのが見える。いよいよシアトルだ。シカゴから約4時間半弱のフライトで、お昼過ぎに到着。気温華氏93度(摂氏33度)に湿度94%という、インディアナのうっとうしく暑苦しい気候に比べると、なんともすがすがしい気持ちのよい天候に感動〜!といきたいところだったのだが・・・なんとこの日はシアトルも気温華氏80度。さすがの西海岸っ子もちょっとびっくりするような暑さだった。でもさすがに湿度は低め。まとわりつくような暑さはここにはなかった。 さて、ライブの行われるのは、シアトルのダウンタウン、6th Street & Leora AvenueにあるDimitriou's Jazz Alleyである。広い6th Street側が意外にも建物の裏側になり、本当の店の入り口はその反対側、ちょっと細い裏通りに面している。派手なウォールペインティングが目印になっており、ここだけがちょっと小洒落た風景になっている。
ちなみに座席はすべてFirst Come First Served(早く来た者勝ち)主義。早くきて並んで待てば、良い席を取れる可能性が高い。私達は今回、10時半からのステージを見るために、9時半頃に並び始めた(会場に入れるのは10時過ぎからなので、30分ちょっと外で待つことになる)。14日はそれで私達が列の先頭だったが、さすがに15日(最終日)は既に10人以上が前に並んでいた。(この日は、ステージ開演直前に店を出た人達がいて、偶然その人達のいた、ステージに非常に近い席に移ることができたので、ラッキーだった。)ただ、1stセットから引き続き2ndセットを楽しむ観客もいるので、2ndセットから見る場合はそういう人達が前の方にいる可能性がある。 6月12日から15日までの4日間行われた今回のLee Ritenour(リー・リトナー)のライブだが、なんと信じられないことに、彼の長いキャリアの中でこのDimitriou's Jazz Alleyは初登場だとか。ギターのLee Ritenourを中心に、サックスにErnie Watts(アーニー・ワッツ)、ベースにMelvin Davis(メルヴィン・デイヴィス)、ドラムにWill Kennedy(ウィル・ケネディ)、キーボード&オルガンにJohn Beasley(ジョン・ビーズリー)を迎えてのこのライブは、1日2回、1stセット(金・土は20時30分、それ以外は20時スタート)と2ndセット(金・土は22時、それ以外は22時30分スタート)。4日間で合計8回のライブ・シリーズとなった。 私が見ることができたのは、14日(金)2ndセットと15日(土)2ndセットの2回。曲目はほぼ変わらなかったが、どちらの回もRitenourを中心とした、個性的なバンドメンバーの秀逸なソロの応酬だったといえよう。言い換えれば、ライブのどの部分を切っても、その一コマ一コマが非常に完成された音の集合体だったわけで、切っても切っても金太郎というあの飴のごとく、どこを聴いてもやはり「Ritenourはいい!」と感心せざるを得ない。これは、やはり彼の実力の成せる技だろう。 このレポートでは、盛り上がった最終日、最終ステージの様子をご報告しよう。 |
<Set List> 1. Latin Lovers 2. A Little Bumpin' 3. Get Up Stand Up 4. Party Time* 5. 13* 6. Agua De Beber 7. Etude 8. Night Rhythms ------ 9. 4 on 6 (June 15)/ Rio Funk (June 14) * 8月発売予定のアルバム「Rit's House」より。 | |
Melvin Davis & Lee Ritenour |
22時30分の開演予定が若干遅れて22時40分あたりに客席が暗くなった。いよいよだ。地元のSmooth Jazz Station、KPLUのDJの熱い紹介、"Please give a warm welcome, GRP Recording Artist, Lee Ritenour!"に導かれてブラジル独特のリズムがスタート、「Latin Lovers」だ。それにノッてメンバーが客席後方から現れ、ライブが始まった。この曲はもちろん「Festivall」の中でもかなり印象深い曲だが、その印象を深くしたのがJoao Bosco(ジョアン・ボスコ)のヴォーカルだったと思う。今回は、その印象深いメロディをErnie Wattsがサックスで歌い上げる。そこにJohn Beasleyのオルガンが絡まり、Ritenourの相変わらず気持ちのいいギターがブラジルのリズムを強調する。パワフルだが決して重過ぎない、本当に心地よいブラジルの風がJazz Alleyの中を流れ始めた。 ここでギターをES335からL5に持ち替えて、「A Little Bumpin'」。「Alive in LA」でも取り上げられていた、出だしの部分ですぐにそれと分かる名曲。Ritenourのオクターブ奏法をじっくり堪能できる彼らしい作品と言えよう。相変わらず気持ちよくノリながらギターを弾き続けるRitenour、彼のこの姿は、一度ライブを見たことがある人なら容易に想像できると思う。 そしてちょっと意外、ここで「Get Up Stand Up」が登場。確かこの曲は、アメリカのy業界誌R&Rで、年間最優秀曲に選ばれた曲だ。 ここでようやくマイクの前で話始めるRitenour。ところで、Lee Ritenourは、ジャズのアーティストの中でも、MCが非常に滑らかでうまいアーティストだと思う。笑顔を絶やさずそして観客に非常に気さくに話しかける。今回は同行した友人が彼の長年のファンで顔見知りだったこともあり、その友人を客席に見つけたRitenourがステージ上から一言。「今日は日本からも友人が来てくれているんだ。」(友人、感激のため号泣・・・・・というのは冗談だが。)
シアトルの町のことから、Jazz Alleyのスタッフのことまで、地元のファンのこともきちんと考えて話を続けるRitenour、やがて話題は8月のアルバム「Rit's House」へと移っていく。 「今回のアルバムは、ファンキーで、ジャジーで、ちょっとレトロではあるんだけど、新しい感じもする、自分でもすごく気に入ってるアルバムなんだ。」 「レトロ」という言葉を引用したRitenourだが、「Rit's House」は単なる「懐古的」なアルバムではないと言う。 「僕は常に前に向かって進んでいるから、昔自分がやっていたことをもう一度やり直そうとは思わないよ。だから、このアルバムは、レトロではあるけれど、今の時代をしっかり感じられる作品になってるんだ。」 今回のアルバムは、レコーディングメンバーもかなり豪華だ。Ritenourが名前を挙げるメンバーにはMarcus Miller(マーカス・ミラー)、George Duke(ジョージ・デューク)、Paulinho da Costa(ポーリーニョ・ダ・コスタ)など、今のコンテンポラリージャズ界を代表するアーティストがおり、加えてヴォーカルでMichael McDonald(マイケル・マクドナルド)が入るとのこと。彼が何を歌っているのかはアルバムの発売日までのお楽しみだが、Fourplay(フォープレイ)やRippingtons(リッピントンズ)、Benoit-Freeman Project(ベノワ・フリーマン・プロジェクト)など他のプロジェクトでも「おや?」と思わせるボーカリストがジャジーにアレンジされた意外な曲を歌っているのを見ると、今度のアルバムでも我々を驚かせてくれそうな予感は充分だ。 そしてそのアルバムから「Party Time」。Lee Morgan(リー・モーガン)の曲で出だしのフレーズが印象的な曲だ。途中John Beasleyのオルガンのソロがあり、Ernie Wattsのソロがあり、そしてRitenourのギターがまたかっこいいフレーズを響かせ、非常にノセてくれる曲だ。確かにJazzyではあるが、Ritenourの手にかかるとそこにファンキーな彼独特のグルーヴが加わり、まさに化学反応を起こしたかのように、曲が変わるように思えた。このあたりのマジックは、ぜひアルバムで確認して欲しい。 次の曲も新しいアルバムから「13」。これは途中の転調がものすごく印象的な曲だ。Ernie WattsのサックスとRitenourのギターが中心だが、オルガンも負けてはいない。このJohn Beasleyは、もともと両親が音楽家だったこともあり、子供の頃からいろいろな楽器に挑戦していたとのこと。演奏後に話を聞いてみると、「最初はトロンボーンかな〜、学校のビッグバンドにいたからね。それからなんだったっけ?」。いろいろと試していくうちに、14歳でようやくピアノに辿り着いた。そこからはジャズ一直線だそうだが、クラシックも楽しんだ覚えもあるらしい。「ドビュッシーとかは弾いたよ。きれいな曲はどんどん弾くといい。」。どうやらオルガンは本業ではないらしいが、それを聞くと横からRitenourが「Johnは何だって弾けるんだよ。すごい奴なんだ。」。すごいRitenourに「すごい奴」と言わせるJohnは、やはりすごいに違いない。 そして、最近はライブの定番となりつつある「Agua De Beber」。この曲の聴き所はなんといってもMelvin Davisのベースラインであろう。延々と同じラインを引き続ける彼のベースラインにかぶさるようなRitenourのソロ。このRitenourのソロがまたなんともいえずかっこいいのである。デビュー当時、確か「技術に走り過ぎ」との批判の声があったと聞いた記憶がある彼だが、こうして技術に走る走らないも、その技術があってこそ選択できること。その選択ができるRitenourはやはり只者ではない。そして、もう一つのこの曲の聴き所はWill Kennedyのドラムソロであった。Harvey Mason(ハーヴィ・メイスン)やDave Weckl(デイヴ・ウェックル)に比べると、派手さはない。しかし彼のソロは、地味で安定した、着実な「大地」のリズムとでもいうか。職人が黙々と作品を作るかのようなひたむきさと、実力に裏打ちされた確実さがある。その意味では、派手なメンツが集まったバンドの中で、「縁の下の力持ち」的印象が非常に強かった。(・・・と褒めたところで、実はこの曲の途中、メンバーが一瞬拍を間違えるハプニングが・・・。すぐにお互いに目を合わせ、苦笑しつつ調子を戻していたが、それだけリラックスして演奏自体を楽しんでいたということだろう。) 続いてギターをL5からサドウスキーのナイロン弦のエレアコに持ち替え、これも定番化している「Etude」へ。今回、出だし部分は、いつもよりかなり長いRitenourのソロとなった。ここは、まさにRitenourオンステージといったところだろう。彼が作り出す本当に美しい音色のインプロビゼーションに、会場の観客も水を打った如くに静まり、ただただその美しいメロディに耳を傾けるのみであった。やがて、Melvin Davisのベースが絡まり、そして静かにWill Kennedyのドラムがリズムを刻み始めた。 さて、この「Etude」は「Color Rit」の最後に収録されている曲だが、実はこのライブの後あらためてアルバムを聴き直してみて、ある事実を発見した。アルバム「Color Rit」の日本盤にはボーナストラックが収録されているので、こちらを買ったファンの方も多かったと思うが、実はこの日本盤、ボーナストラックが収録された分アルバム収録時間が足りなくなったのか、この「Etude」の最初のイントロ部分、Ritenourの美しいギターのソロ部分がカットされていたのだ。逆に、輸入盤は、ボーナストラックがない分、Ritenourのかなりゆったりした美しいソロがすべて収録されている。ライブでのRitenourのソロは、この輸入盤以上にゆったりとして、メロディも音色も非常に美しかった。まさに、今回のライブのハイライトの一つといっていいだろう。 いよいよ大詰め・・・ここでもう一度335に持ち替えて始まったのが、「Night Rhythms」。この曲を聴くと90年代前半の彼の日本でのライブを思い出す。新宿ルミネの8Fに作られた特設ジャズクラブ、「Indigo Blues」で行われたこの時のライブは、テレビでも放送されたライブなのでご存知の方も多いかもしれない。確か、この時もサックスにErnie Wattsを向かえ、満席のディナーテーブルを見下ろすステージでの演奏にこの曲が入っていた。Ernie Wattsのサックスの音が、相変わらず彼独特のちょっと#(シャープ)がかった音だったので、シアトルのJazz Alleyと分かっていながら、何ともなしに昔のライブをふと思い出したりしていた。この曲の後半部分では、かなり聴き応えのあるWill KennedyのドラムとRitenourのギターのソロ合戦が印象的だった。 そして・・・なんとここでライブは終了!「みんな、本当にありがとう!シアトル、ありがとう!」といってメンバーは退場。だが、もちろんこんなことでめげる観客ではない。怒涛の拍手と口笛と、果てはテーブルを叩く人あり、足踏みする人ありと、会場は観客の「One more!(もう一曲!)」コールの熱気で暑くなった。そして、もちろん、メンバーはほどなく再登場! そして演奏したのが「4 on 6」。(前日のアンコール曲は、「Alive in L.A.」風の「Rio Funk」だった。)この「4 on 6」で光ったのが、Melvin Davisのギターとヴォーカルのユニゾンだ。突然Ritenourがマイクスタンドからマイクをはずし、Melvin Davisの口元に持っていったときは、一体何をするのかと思ったが、Melvin Davisのヴォーカルが響き始めるやいなや、会場は大喝采!FourplayでNathan East(ネイザン・イースト)がよくこれをやるが、Melvin Davisのこのパフォーマンスは初めてだ。そして、何より、なぜか笑えてしまうのが彼の特徴。ベースはもちろんのこと、声も非常にいいのだが、途中で入れる合いの手(とでもいうのか)のフレーズが、どうも彼も笑いを取ろうとしてるとしか思えない。これにはRitenourもマイクを持ちつつ大笑い。しかし、笑わせつつも、ベースのソロをきっちりと決め、そしてヴォーカルも無難にまとめるあたりは、彼の才能の豊かさを改めて見せつけられたと言える。この「4 on 6」では、Ritenourも難しいフレーズを延々と引き続ける離れ業を披露し、まさにアンコール、ライブの締めの曲として、ふさわしかったと言えよう。
さて、ライブの後、楽屋口でRitenourと話す機会があった。2ステージを終えて疲れていたのではないかと思うが、相変わらずにこやかなアーティストである。このライブの1ヶ月程前、別件で電話で話をしたときに最後に「今シーズンのライブに演る曲は、これから決めるところなんだ。」と言っていたが、蓋を開けてみればなんとなく予想できるような曲が並んでいたので、軽く聞いてみた。
M 「昔の曲はやらないですか、例えば「Sea Dance」(「Friendship」の1曲目)とか。私、この曲のソロがすごく好きなんですよ。」(この曲もかなり唐突といえば唐突だが・・・。)
もう一つの質問は、彼自身ブラジル系サウンドとストレートアヘッドのジャズとどっちが好きかということ。ここ最近、自分のアルバムでは(トリビュート・アルバムを除いて)極めてストレートアヘッド・ジャズ寄りの印象がある。どちらかというとブラジル系サウンドが好きな自分としては、ちょっと物足りない印象も受けるのだが・・・。
・・・と、(一見)非常に音楽的かつ知的会話はここまでで、なぜかここからどうでもいい雑談タイムがスタート。
その後は、この「どうってことない会話」はさらにどうってことない話題へ進行、なぜか私が在籍しているインディアナ大学ブルーミントン校の話になり、偶然そこの音楽学部がジャズアーティストの間でも有名だったので、キーボードプレーヤーのJohn BeasleyとRitenourの間に、「卒業生名前挙げ合戦」が・・・。
冗談はさておき、非常に充実したライブだったと思う。アルバムの発売が8月のため、Ritenour自身、演奏したくとも発売日との関連で、新しい曲はまだあまりレパートリーに加えられないようだった。その代わり、気の置けない仲間と共に、リラックスした雰囲気で演奏される、彼のここ最近の名曲を充分に楽しめる。
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Ernie Watts | John Beasley | Melvin Davis | Will Kennedy |
付け加えさせてもらうと、Dimitriou's Jazz Alleyはとてもフレンドリーなお店だった。実は最終日前日、早めに並び始めた私達が建物の外で待っていると、中にいたJazz Alleyの女性スタッフが「入り口近くで見るくらいならいいわよ。まだライブやってるし。」と、なんと終わっていなかった1stセットを覗かせてくれたのだ。もちろん、毎回こうした幸運に恵まれるとは思っていないが、それでもこうしたジャズファンに対する(偶然とはいえ)暖かい対応も、残念ながら日本のジャズクラブとは雲泥の差である。アメリカのジャズクラブの多くが「ジャズは気楽に楽しんで聴けばいいじゃないか」というスタンスであるのに対し、日本の一部ジャズクラブは未だに「ジャズは気を張って、洗練された雰囲気で楽しまなければいけない」といった、押し付けのイメージを売りにしているのは否めない。Jazz Alleyの女性スタッフにはそういった「押し付けがましさ」は微塵も感じられなかった。ただ、いい音楽が好きで、それを分かって聴きに来るファンに対しては、同胞のごとく接してくれたのだ。このあたりの違いは、本当にジャズを楽しむのが好きな日本のファンにとっては、一番悩ましいところなのではないだろうか。
そしてシアトルの町も非常に可愛らしい町だった。ほどよく観光地化されており、それでもサンフランシスコほどは騒がしくない。歩ける範囲にいろいろな見所があり、また公共の交通機関(バス・モノレール)が整備されているので、車がなくてもあまり不便を感じない。海沿いにある海産物とお花の市場は活気があって、何ともなしに覗いてみるだけでも充分に楽しめる。気候は西海岸特有のさわやかで文句なしに気持ちのよいもので、ここでJazz StationからのSmooth Jazzを聴いていれば、時が経つのも忘れてしまいそうだ。 さて、Ritenourだが、現段階では来日の予定はまだ見えてないようだ。日本好きの彼としては「出来れば秋あたりに行きたいなあ〜。」というのが本音のようだが・・・。アルバムの発売後であれば、ライブで新しい曲を充分に楽しめるはずで、そうなると悔しいかな、今回以上の盛り上がりは間違いない。 最後に敢えて付け加えておくと、彼の相変わらずの技術と芸術的才能は、それぞれ個性的かつ才能溢れるバンドメンバーに支えられ、相変わらず冴えている。かつてのギター小僧は、もうギター中年に近づきつつあるが、それでも未だに目が離せない存在だ。(まい) |
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