和泉宏隆 SOLO LIVE REPORT



和泉宏隆(piano)
1997年9月19日 東京・お茶の水 カザルスホール


東京・お茶の水のカザルスホール。ここは天井がとても高くて、室内楽にもってこいのつくりになっています。普通は二階は良くない席ですが、構造上カザルスホールの二階はバルコニー席と呼ばれる特等席。ちょうど学校の体育館のように一階は平坦でうしろまで席があって、二階はバルコニーのように一列で舞台を向いて左右の壁、そして一番後ろの壁に細く張り付いています。天井の高さが開放感・のびやかさを醸し出し、木目が目に優しい空間です。

このライブのチケットは、T-スクェア関係のライブとしてはたぶん画期的な早さで売り切れました。ロビーではインディーズのVillage Racordsより発売された「Forgotten Saga」やヤマハミュージックメディア刊のこのCDの楽譜集、教則ビデオなどが売られています。

木の扉が静かに開き、会場一杯の拍手に迎えられて和泉さんが登場。髪は最近の定番スタイルであるソバージュヘアをうしろで一つにまとめ、黒の燕尾服・・・ かと思いきや、白いシャツに黒いベストとズボン。ベストに金貨みたいなボタンが縦に沢山ついていて、ちょっと個性的なのが和泉さんらしい。T-スクェアのライブとは確かに違う雰囲気だけど、普通のピアニストがよく着る燕尾服とか蝶ネクタイでないところが素敵でした。確かゴールドディスク大賞授賞式で着ていたような気もしますが・・・。
丁寧に腰を90度曲げておじぎをし、ピアノに腰掛けると波が引くように会場がサアッと静まります。そして、耳に飛び込んできたのは広い会場に響きわたるFの音・・・
アルバム「Forgotten Saga」の冒頭を飾る、Songs Insideです。ピアノはスタインウェイ。続く Earth Song のはじめの、AとEの完全五度。このひびきを味わうかのように和泉さんは弾いていきます。三曲目 Dream Dust、ここまでアルバムと同じ曲順です。途中深い低音のCの「鳴り」が心地よく、このホールのスタインウェイの音を和泉さんとともに満喫・・・。

ここでMC。かなり緊張した様子でしたが、ピアノの左側に置かれたマイクを持って話がはじまると和泉さん自身も、そして観客もなんだかホッとした雰囲気が流れます。

ここで、「よく聴いたことがあるけど・・最近の曲じゃなくて・・・」そう、伊東たけし時代のアルバム、「Natural」よりWhite Maneが演奏されました。アコピだからできる細かい表情をつけるのを、1音1音楽しんでいる様子です。いつもグランドピアノを弾いている訳ではないがゆえに、新鮮さを失わずに音に接することができるのでしょう。そして、Distant Tunder。高音の響かせ方が美しい。同じ楽器で横に移動して弾いているのではなく、そこだけ別の楽器でソロをとっているかのよう。そして、和音の響きがほんとうに豊かです。

ここで、高い音域でキラキラした可愛らしいメロディが始まります。宝島です。華やかで愛らしいアレンジ。そして徐々にダイナミックに、色彩感を増していきます。

ここでアルバムジャケットの話。1stソロアルバム「Amshoe」のジャケットは和泉さん自身が撮影したもの。実は、その写真を撮った日に犬ぞりで3キロ沖に出てこれも和泉さん自身で撮ったのが、この紫色の幻想的な写真なのだとか。そしてアルバム「Amshoe」より Blue Forest と River の2曲が演奏されました。River ではハーモニーが変わる時がすごく鮮やかな印象・・・
かなり和泉さんもリラックスしてきたところで、1部の最後を飾るのはForgotten Saga。この流れる暖かさが和泉さんの持ち味にぴったりな曲であることを聴きながら再確認しました。

休憩時間には、カクテルやワインがあったので挑戦。わたしは赤ワインの炭酸割り「キティ」を飲んでみました。甘くておいしい!!お値段は500円ですが、ちゃんとフルートグラスに入ってます。なんだか嬉しい・・・。
ほどよくいい気分になってしまいました。

後半は、4ビートのノリの「流れの中で」からスタート。これは「出来立てほやほや」だとか。アコピでもこういった曲を沢山弾いてほしいですね。
そしてMCを挟んで、「Forgotten Saga」に収録の「The Winter of '97」、そしてT-スクェアのアルバム「NEW-S」より「The Autum of '75」。

ここから5曲は続けて演奏されました。アルバムと同じ曲順で、和泉さんの「曲と曲のつながり」へのこだわりが感じられます。
光と影が織りなす世界、Alone。東洋的なひびきの Somewhere in Asia。・・・こういう少ない音で構成された曲を聴かせるのはかなり難しいのですが、息をのむ抜群の上手さ。夢の島で臨終の運命をたどるゴミの山たちの映像に合わせて作曲されたという Elegy for Sylence。そしてアルバムの中で一番華麗な「Mirage in the Valley」。もちろんいい演奏だったんですが、この曲のサビのオクターブで駆け下りるところはもっともっとフォルテで「ガーン」と響かせて欲しかった・・。今後に期待ですね。そして「Soul Mate」でこの5曲を終わります。

最後に、去年のT-スクェアのアルバム「B.C.A.D」にピアノソロの形で収められた「Terra Di Verde」。こうやって聴くと、心をほぐして静かに鎮めてくれる、しめくくりにぴったりの曲であることを実感します。

会場いっぱいに拍手が響くなか、アンコールはアルバム「TRUTH」の最後を飾るバラード、Twilight in Upper West。1コーラスめだけでエンディングにはいるというシンプルなアレンジでした。

ここで用意された曲は終わりだったようなのですが、アンコールに応えてもう1曲。イントロを聴いた瞬間、真っ暗なステージに星空が広がっている記憶がよみがえってきました。ツアーで本田さんのサックスが素晴らしく歌うのがあまりに印象的だったバラード、「Sweet Sorrow」がピアノでつづられます。

  聴き終わって照明がついて、「うっとり」のため息がふうっと出ました。
正直なところ、この「まな板の上の鯉」状態で聴くと細かいアラまで全部ばれてしまうのが現実。ピアニストにとって、裸になる以上に全部がバレバレ、というおそろしい状況でもあります。和泉さんとて例外ではない。気になるところから言ってしまえば、職人芸的な指の動きの面では毎日グランドピアノで超絶技巧を練習し続けている人に較べると、苦しい点も感じました。Mirage in the Valley のような曲では、和泉さん持ち前の「歌」「響かせかた」にプラスして、あと一歩テクニックの冴えがあるともっとスッキリ聴けたでしょう。

ただ、ふだんステージでピアノを弾いていないからこそ、グランドピアノの響き、音色を思いっきり楽しむ・・・。和泉さんと一緒に、観客も楽しめたような気がするのです。ピアノの弦は1音1音全部違った表情で鳴らすことが可能ですが、それを常に実感できるような弾き方はなかなかできないし、そのことはすぐに忘れてしまいます。それが今日は、スタインウェイの輝くような音が高い天井に向かって垂直で広がっていくときに、驚くほどいろいろな音色で鳴っていました。

物足りない点がゼロだったわけではないのですが、とても柔らかい気持ちになって会場を出ることができました。圧倒されるようなバリバリの演奏をする人は沢山聴いてきましたが、こんな気持ちになれる演奏は久しぶり。

T-スクェアでキーボードを弾きながらグランドピアノを人前で弾けるようなテクニックを維持する、というのは無理に近い厳しさがあります。でも、なんとか毎年続けて欲しい。毎年「秋のお楽しみ」の行事になることを願うばかりです。

ピアノだけに熱中するのも素晴らしいことだけど、和泉さんのような生き方をしてこそ生まれてくる音楽もあるのだから・・・ (美芽)






Last update 9/30/97
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