何年か前の夏。日比谷の野外音楽堂で行われたT-スクェアのコンサートで、和泉さんがステージでグランドピアノを弾いていたことがありました。そのときに和泉さんが「今日はピアノが弾けて本当に幸せです」と語っていたのが今でもはっきりと印象に残っています。その和泉さんが8月1日に初のピアノソロアルバム「Forgotten Saga」をリリースします。レコーディングが終わったというお話を5月末にお聞きして、インタビューに伺わなくては!!と決意。デモテープをじっくり聴いてからT-スクェアの全国ツアーの合間、6月のある日にプライベートスタジオの音楽室へ伺いました。 場所は某国大使館などもほど近い、閑静で美しい住宅街。建っている家がどこも瀟洒なつくりだったり、外車がたくさん走っていたり、自転車に乗った金髪の少年少女と次々とすれ違ったり・・・。ゆったりと歩いているうちに和泉家の前までやってきました。道路からちょっと奥まったところに玄関があり、ひさえと「ここだよね?」ときょろきょろしていると、黒地にカラフルな模様の入ったシャツを着て髪をきゅっとまとめた和泉さんが、ひょいと玄関から顔をのぞかせます。「きゃー!和泉さん!!」と、思わず二人でニッコリ。「こんにちは。どうぞどうぞ」と笑顔で迎えていただき、玄関に入ると吹き抜けが。そこに螺旋階段があって2階まで続いています。階段を上るとそこは和泉さんの音楽室でした。 入り口の左手にはふたを開けたグランドピアノがドーンと置かれています。そして左側には巨大な一人掛けの紺のソファを真ん中にして、ぐるりと機材が並べられていました。白熱灯の間接照明が部屋のあちこちにあり、ゆったりと落ち着ける雰囲気です。「電気代がすごいんですよ。」と和泉さんは笑っています。私もひさえも、ピアノの先生のお宅にレッスンに伺ったような錯覚を覚えてしまいました。 アルバム「Forgotten Saga」を語る 美芽. このアルバムについては、いつごろから具体的な構想が出てきたんでしょうか? 和泉. ソロピアノはいつか出さなくては、と思っていたんです。企画でいえば、去年の秋ごろにT-スクェアの事務所でインディーズのレーベルを立ち上げるっていう話が出まして。その第1弾ということで、やってみたらどうかって話がありましてね。で、ちょっと躊躇してたんですけど、この冬に3曲ほどまとまって曲ができたのでそれで作れるかな?ということになったんですよ。なんといってもピアノソロだと制作費が安いですから、インディーズにはいいんです。(笑)それがいつものようにテープレコーダーを回しっぱなしにして音をつかまえるっていう方法でできたんですけど、今までになく完成に近い形で出てきたんです。Songs Insideって曲と、The Winter of ’97って曲と、Soul Mateってこの3曲なんですが。それが従来までのモチーフとしての考え方というより、曲としてほとんどそこにあったというか。2・3カ所直してああなったんですが、最初ここでテープレコーダーをまわしながら弾いてた時からほとんどあの形だったんです。 美芽. では、もういきなり完成に近い状態で出てきた・・・。 和泉. そうなんです。それをアシスタントに譜面に起こしてもらって、それを練習したんですよ。最初はテープに録音されたものを素材にして曲を組み立てていこうかなと思ったんですが、テープに録音された時点で最初から最後までつながりがあって、ひとつの世界ができていたんです。今までで一番集中してピアノの前に座っていられたってことなんでしょうね。その3曲は譜面を練習して、あとの8曲は頭の中にあった曲を推敲した形なんです。一番古い曲はできてから10年以上たってますから。まあ、バンドでやってた曲は譜面をそれ用に書いていますけど、アルバムの少しあとにヤマハさんから出版する予定のこのアルバムの譜面ができてはじめて楽譜ができるような感じですね。 美芽. ピアノソロを出したいという思いは、具体的な話が出るずっと前からあったんですか? 和泉. まあ、ピアノソロは一度は作らないと・・・。時代の流れで言えばキース・ジャレットの「ケルンコンサート」よりも前にダラー・ブランドの「アフリカン・ピアノ」とか。最近で言えばボビー・ライルの「ピアノマジック」とか・・・ちょっとジャズよりジャンルは柔らかくなるけれどジョージ・ウィンストンとか、そのへんは意識しますよね。でも自分を思いとどまらせていたのは、難易度なんです。ある程度、高度までいかなくても弾いてテクニカルに感心できるぐらいでないとイヤだな、ってずっと思っていたんですよ。でも、今年の冬にそれがふっきれたんです。ちょっと練習すれば、昔ピアノをかじってた人が弾けるといった誰にでもひけるようなものにしたいな、って。最終的にそのレベルにおさまったと思うんですけど。楽譜も出しますから、いろいろな人がそれぞれ気に入った曲をみつけて弾いてくれたら一番幸せですね。 美芽. 難易度ということがすごく和泉さんの中で、ポイントになっていたわけですか? 和泉. というか、今の自分にできることっていうことで結果的にこうなったんですけど。それを自分で許すか許さないかですよね。逆にレコーディングするときでも、余裕を持って、というか。自分の70%ぐらいで弾ける、そのぐらいの余裕も欲しかったし。 美芽. その成果なんでしょうけど、本当にきれいな仕上がりですよね。 和泉. そうですか?気に入っていただけました?(笑) 美芽. ええ、それはもう!!・・・Mirage in the Valleyは、もう早く練習したい!!という感じで。あの曲が比較的難易度高いかな?と思いましたが。 和泉. うん、もっとも指は動いてるかもしれませんが、どこにでもあるアルペジオだし・・・ホント、ショパンのプレリュードぐらいの難易度ですよね。 美芽. Songs Insideは音数が少ないけれど、かっこよく弾くのはなかなか難しそうですね。 和泉. そうですね、歌い方でしょうね。千差万別あると思うんです。 美芽. Sagaは練習するにもとっつきやすい感じですね。 和泉. そうですね、Sagaはとっつきやすいですね。最初ね、Songs Insideをアルバムタイトルにしようかなと思ったんですが、やっぱりよく知られた曲をアルバムタイトルにしたほうがいいかな?と思いましてね。今回T-スクェアのアルバムに入っている曲も元のアレンジという感じで入ってますけど、楽曲登録もJASRACにし直したんです。あんまりかけ離れたタイトルにすると、昔にアルバムをきいていてくれた人がわからなくなってしまうから、と思うので・・。Mirageに「in the Valley」を付けて、谷間に蜃気楼がでるか?って話もあるんですけど。(笑) 美芽. MIRAGEは、もともと作曲した時点で今回のアルバムみたいな感じだったんですか? 和泉. そうですね。サックスがメロディのつもりで作ったピアノ曲というか。ライブビデオに入っているだけでもともとT-スクェアのアルバムには入ってないんですよ。 美芽. 今年の冬にできた3曲が、Songs Insideと、The Winter of 97’と、Soul Mateですよね。冬というと、お正月が明けてからですか? 和泉. 年が明けて、レコーディングが終わってからです。暮れのレコーディングの最中、スタジオが有明だったので自宅に帰る前にここの前を通るんです。それで帰りに毎晩寄ってはSagaとかMirageのアレンジの細かいところを煮詰めてたんですよ。で、年が明けてお正月が終わってから弾き初めじゃないですけど、思いも新たにいつものようにテープレコーダー回して弾いてみたんです。そしたらポンと生まれたんですよ。で、これで行こう!ってことになったんです。 美芽. それが、その3曲ですよね。今回、他にも新曲が入ってますが、それはもっと前に出来上がっていたんですか? 和泉. Elegy for Silenceは稲越功一さんっていう写真家のお撮りになった東京ビデオっていう環境ビデオみたいなものがあって、それに安藤さんと私と久米大作さんとで音楽をつけて。そのときのエンディングだったんですよ。そもそもその時は8ー6ー4ー4ー2の弦楽合奏だったんですけど、今回はそれをピアノでやってみたというものなんです。Somewhere in Asiaというのは、一昨年NHKの2時間ドラマで原爆から50年っていう内容のものだったんですけど、その時のテーマ曲ってことで書き下ろしたんです。韓国の農村の風景に合わせてね。まあ、韓国に限らず、日本でも、カンボジアでもいいんです。アジアのどこか、っていうイメージですね。Earth Songっていうのはソロアルバムを作ろうと思っていて、その2曲目に入っているんです。オーケストラチックなシンセというか、シュミレーションのオーケストラが絡んでくるような曲だったんです、もとは。でもそれをピアノにしちゃったんですよ。だから弾いていて自分の中では弦と木管が鳴ってたりしていて。いつかはオーケストラでやりたい曲ですよね。シンプルな成り立ちなんだけど、ピアノとオーケストラでできている音楽なんです。 美芽. っていうことは、Earth Songは、ピアンコンチェルトがイメージなんでしょうか? 和泉. ええ、例えば左手はファゴットとかクラリネットの「んぽぽぽぽぽ」みたいな感じです。右手は弦だったり、いろいろなんですけど。これをピアノでやるのはどんなものかな、と思ったんですけど、一番実は難しかったですね。左手のAの音の連打が、粒がそろわないんですよ。一番やり直したんじゃないかな。やっぱり。それとDream Dustもソロアルバムにいく曲だったんですよ。去年の夏ぐらいにできたのかな。包み込むような白玉(全音符のこと)がある曲だったんですけど。ちょっとリバーブ深めにして、ピアノでやってみたらどうかな?って。 美芽. あれも、綺麗な曲ですよね・・・。 和泉. どこかのメロドラマで使ってくれないかなあ。(爆笑) 美芽. タイトルを付けるときは迷わないんですか?曲ができたらもうタイトルも決まっているとか? 和泉. いやいや、迷ってますよ。Dream Dustなんて、仮タイトルは単純に「ロマンティック」なんてなってて。それじゃあんまりだな、ってことだったんですけど。(笑)お友達にテープを配った時点で、曲名が決まってないのはこれとこれだから、いいのが浮かんで採用したら御礼、みたいなこともしてますね。そうやってつけてもらったのも何曲かあるし。いつもだいたいイメージ事典とシンボル事典っていうのが基本なんですよ。あ、そこの本棚にありますね。T-スクェアでも人の曲に結構タイトルつけてきたりしてますから。 美芽. イメージ事典をめくったりしながら、考えるのですか? 和泉. うん、例えばね。綺麗な響きの言葉だなと思っても欧米の言葉としては受難や悪魔を象徴していたりしますから。一応調べないと怖いことがあるんです。他にも、歌詞カードペラペラめくってみたりね。Songs Insideっていうのは、ダニー・ハサウェイの古いアルバムに「VOICES INSIDE」っていう曲があって。「VOICES INSIDE」って響きはいいけれど、歌ならともかくピアノで成り立つ音楽を「VOICE」にするのも変なので、「SONGS」にしたんです。本当はSONGS INSIDEをアルバムタイトルにしたかったくらい気に入っています。実はチラシに出ちゃった曲順とCDの曲順が違っていて、いろいろあって、チラシで出た曲順とは変えてもらったんですよ。 美芽. 曲順によって、何かいろいろ変わってくるんでしょうか? 和泉. 忙しい方の中には、最初の3・4曲を聴いてアルバム全体を判断なさる方も多くいらっしゃる。そうすると 「掴み」のある、キャッチーな曲が最初に来たほうがいいね、っていうのがあるんですよ。でも、最近CDで曲順も自由になってきてるし、だんだんそういうのはなくなるとは思うんですけどね。曲順でいえば最後の三曲の連なり、Mirage in the Valley、Elegy For Silence、Soul Mateっていうのは非常にこだわっているんですよ。 |