和泉 宏隆 Interview



何年か前の夏。日比谷の野外音楽堂で行われたT-スクェアのコンサートで、和泉さんがステージでグランドピアノを弾いていたことがありました。そのときに和泉さんが「今日はピアノが弾けて本当に幸せです」と語っていたのが今でもはっきりと印象に残っています。その和泉さんが8月1日に初のピアノソロアルバム「Forgotten Saga」をリリースします。レコーディングが終わったというお話を5月末にお聞きして、インタビューに伺わなくては!!と決意。デモテープをじっくり聴いてからT-スクェアの全国ツアーの合間、6月のある日にプライベートスタジオの音楽室へ伺いました。

場所は某国大使館などもほど近い、閑静で美しい住宅街。建っている家がどこも瀟洒なつくりだったり、外車がたくさん走っていたり、自転車に乗った金髪の少年少女と次々とすれ違ったり・・・。ゆったりと歩いているうちに和泉家の前までやってきました。道路からちょっと奥まったところに玄関があり、ひさえと「ここだよね?」ときょろきょろしていると、黒地にカラフルな模様の入ったシャツを着て髪をきゅっとまとめた和泉さんが、ひょいと玄関から顔をのぞかせます。「きゃー!和泉さん!!」と、思わず二人でニッコリ。「こんにちは。どうぞどうぞ」と笑顔で迎えていただき、玄関に入ると吹き抜けが。そこに螺旋階段があって2階まで続いています。階段を上るとそこは和泉さんの音楽室でした。

入り口の左手にはふたを開けたグランドピアノがドーンと置かれています。そして左側には巨大な一人掛けの紺のソファを真ん中にして、ぐるりと機材が並べられていました。白熱灯の間接照明が部屋のあちこちにあり、ゆったりと落ち着ける雰囲気です。「電気代がすごいんですよ。」と和泉さんは笑っています。私もひさえも、ピアノの先生のお宅にレッスンに伺ったような錯覚を覚えてしまいました。

アルバム「Forgotten Saga」を語る

美芽.
このアルバムについては、いつごろから具体的な構想が出てきたんでしょうか?
和泉.
ソロピアノはいつか出さなくては、と思っていたんです。企画でいえば、去年の秋ごろにT-スクェアの事務所でインディーズのレーベルを立ち上げるっていう話が出まして。その第1弾ということで、やってみたらどうかって話がありましてね。で、ちょっと躊躇してたんですけど、この冬に3曲ほどまとまって曲ができたのでそれで作れるかな?ということになったんですよ。なんといってもピアノソロだと制作費が安いですから、インディーズにはいいんです。(笑)それがいつものようにテープレコーダーを回しっぱなしにして音をつかまえるっていう方法でできたんですけど、今までになく完成に近い形で出てきたんです。Songs Insideって曲と、The Winter of ’97って曲と、Soul Mateってこの3曲なんですが。それが従来までのモチーフとしての考え方というより、曲としてほとんどそこにあったというか。2・3カ所直してああなったんですが、最初ここでテープレコーダーをまわしながら弾いてた時からほとんどあの形だったんです。
美芽.
では、もういきなり完成に近い状態で出てきた・・・。
和泉.
そうなんです。それをアシスタントに譜面に起こしてもらって、それを練習したんですよ。最初はテープに録音されたものを素材にして曲を組み立てていこうかなと思ったんですが、テープに録音された時点で最初から最後までつながりがあって、ひとつの世界ができていたんです。今までで一番集中してピアノの前に座っていられたってことなんでしょうね。その3曲は譜面を練習して、あとの8曲は頭の中にあった曲を推敲した形なんです。一番古い曲はできてから10年以上たってますから。まあ、バンドでやってた曲は譜面をそれ用に書いていますけど、アルバムの少しあとにヤマハさんから出版する予定のこのアルバムの譜面ができてはじめて楽譜ができるような感じですね。
美芽.
ピアノソロを出したいという思いは、具体的な話が出るずっと前からあったんですか?
和泉.
まあ、ピアノソロは一度は作らないと・・・。時代の流れで言えばキース・ジャレットの「ケルンコンサート」よりも前にダラー・ブランドの「アフリカン・ピアノ」とか。最近で言えばボビー・ライルの「ピアノマジック」とか・・・ちょっとジャズよりジャンルは柔らかくなるけれどジョージ・ウィンストンとか、そのへんは意識しますよね。でも自分を思いとどまらせていたのは、難易度なんです。ある程度、高度までいかなくても弾いてテクニカルに感心できるぐらいでないとイヤだな、ってずっと思っていたんですよ。でも、今年の冬にそれがふっきれたんです。ちょっと練習すれば、昔ピアノをかじってた人が弾けるといった誰にでもひけるようなものにしたいな、って。最終的にそのレベルにおさまったと思うんですけど。楽譜も出しますから、いろいろな人がそれぞれ気に入った曲をみつけて弾いてくれたら一番幸せですね。
美芽.
難易度ということがすごく和泉さんの中で、ポイントになっていたわけですか?
和泉.
というか、今の自分にできることっていうことで結果的にこうなったんですけど。それを自分で許すか許さないかですよね。逆にレコーディングするときでも、余裕を持って、というか。自分の70%ぐらいで弾ける、そのぐらいの余裕も欲しかったし。
美芽.
その成果なんでしょうけど、本当にきれいな仕上がりですよね。
和泉.
そうですか?気に入っていただけました?(笑)
美芽.
ええ、それはもう!!・・・Mirage in the Valleyは、もう早く練習したい!!という感じで。あの曲が比較的難易度高いかな?と思いましたが。
和泉.
うん、もっとも指は動いてるかもしれませんが、どこにでもあるアルペジオだし・・・ホント、ショパンのプレリュードぐらいの難易度ですよね。
美芽.
Songs Insideは音数が少ないけれど、かっこよく弾くのはなかなか難しそうですね。
和泉.
そうですね、歌い方でしょうね。千差万別あると思うんです。
美芽.
Sagaは練習するにもとっつきやすい感じですね。
和泉.
そうですね、Sagaはとっつきやすいですね。最初ね、Songs Insideをアルバムタイトルにしようかなと思ったんですが、やっぱりよく知られた曲をアルバムタイトルにしたほうがいいかな?と思いましてね。今回T-スクェアのアルバムに入っている曲も元のアレンジという感じで入ってますけど、楽曲登録もJASRACにし直したんです。あんまりかけ離れたタイトルにすると、昔にアルバムをきいていてくれた人がわからなくなってしまうから、と思うので・・。Mirageに「in the Valley」を付けて、谷間に蜃気楼がでるか?って話もあるんですけど。(笑)
美芽.
MIRAGEは、もともと作曲した時点で今回のアルバムみたいな感じだったんですか?
和泉.
そうですね。サックスがメロディのつもりで作ったピアノ曲というか。ライブビデオに入っているだけでもともとT-スクェアのアルバムには入ってないんですよ。
美芽.
今年の冬にできた3曲が、Songs Insideと、The Winter of 97’と、Soul Mateですよね。冬というと、お正月が明けてからですか?
和泉.
年が明けて、レコーディングが終わってからです。暮れのレコーディングの最中、スタジオが有明だったので自宅に帰る前にここの前を通るんです。それで帰りに毎晩寄ってはSagaとかMirageのアレンジの細かいところを煮詰めてたんですよ。で、年が明けてお正月が終わってから弾き初めじゃないですけど、思いも新たにいつものようにテープレコーダー回して弾いてみたんです。そしたらポンと生まれたんですよ。で、これで行こう!ってことになったんです。
美芽.
それが、その3曲ですよね。今回、他にも新曲が入ってますが、それはもっと前に出来上がっていたんですか?
和泉.
Elegy for Silenceは稲越功一さんっていう写真家のお撮りになった東京ビデオっていう環境ビデオみたいなものがあって、それに安藤さんと私と久米大作さんとで音楽をつけて。そのときのエンディングだったんですよ。そもそもその時は8ー6ー4ー4ー2の弦楽合奏だったんですけど、今回はそれをピアノでやってみたというものなんです。Somewhere in Asiaというのは、一昨年NHKの2時間ドラマで原爆から50年っていう内容のものだったんですけど、その時のテーマ曲ってことで書き下ろしたんです。韓国の農村の風景に合わせてね。まあ、韓国に限らず、日本でも、カンボジアでもいいんです。アジアのどこか、っていうイメージですね。Earth Songっていうのはソロアルバムを作ろうと思っていて、その2曲目に入っているんです。オーケストラチックなシンセというか、シュミレーションのオーケストラが絡んでくるような曲だったんです、もとは。でもそれをピアノにしちゃったんですよ。だから弾いていて自分の中では弦と木管が鳴ってたりしていて。いつかはオーケストラでやりたい曲ですよね。シンプルな成り立ちなんだけど、ピアノとオーケストラでできている音楽なんです。
美芽.
っていうことは、Earth Songは、ピアンコンチェルトがイメージなんでしょうか?
和泉.
ええ、例えば左手はファゴットとかクラリネットの「んぽぽぽぽぽ」みたいな感じです。右手は弦だったり、いろいろなんですけど。これをピアノでやるのはどんなものかな、と思ったんですけど、一番実は難しかったですね。左手のAの音の連打が、粒がそろわないんですよ。一番やり直したんじゃないかな。やっぱり。それとDream Dustもソロアルバムにいく曲だったんですよ。去年の夏ぐらいにできたのかな。包み込むような白玉(全音符のこと)がある曲だったんですけど。ちょっとリバーブ深めにして、ピアノでやってみたらどうかな?って。
美芽.
あれも、綺麗な曲ですよね・・・。
和泉.
どこかのメロドラマで使ってくれないかなあ。(爆笑)
美芽.
タイトルを付けるときは迷わないんですか?曲ができたらもうタイトルも決まっているとか?
和泉.
いやいや、迷ってますよ。Dream Dustなんて、仮タイトルは単純に「ロマンティック」なんてなってて。それじゃあんまりだな、ってことだったんですけど。(笑)お友達にテープを配った時点で、曲名が決まってないのはこれとこれだから、いいのが浮かんで採用したら御礼、みたいなこともしてますね。そうやってつけてもらったのも何曲かあるし。いつもだいたいイメージ事典とシンボル事典っていうのが基本なんですよ。あ、そこの本棚にありますね。T-スクェアでも人の曲に結構タイトルつけてきたりしてますから。
美芽.
イメージ事典をめくったりしながら、考えるのですか?
和泉.
うん、例えばね。綺麗な響きの言葉だなと思っても欧米の言葉としては受難や悪魔を象徴していたりしますから。一応調べないと怖いことがあるんです。他にも、歌詞カードペラペラめくってみたりね。Songs Insideっていうのは、ダニー・ハサウェイの古いアルバムに「VOICES INSIDE」っていう曲があって。「VOICES INSIDE」って響きはいいけれど、歌ならともかくピアノで成り立つ音楽を「VOICE」にするのも変なので、「SONGS」にしたんです。本当はSONGS INSIDEをアルバムタイトルにしたかったくらい気に入っています。実はチラシに出ちゃった曲順とCDの曲順が違っていて、いろいろあって、チラシで出た曲順とは変えてもらったんですよ。
美芽.
曲順によって、何かいろいろ変わってくるんでしょうか?
和泉.
忙しい方の中には、最初の3・4曲を聴いてアルバム全体を判断なさる方も多くいらっしゃる。そうすると 「掴み」のある、キャッチーな曲が最初に来たほうがいいね、っていうのがあるんですよ。でも、最近CDで曲順も自由になってきてるし、だんだんそういうのはなくなるとは思うんですけどね。曲順でいえば最後の三曲の連なり、Mirage in the Valley、Elegy For Silence、Soul Mateっていうのは非常にこだわっているんですよ。

ピアノトリオの構想

美芽.
前回のインタビューでは、OMENS OF LOVEは今回のアルバムに使うつもりだったのがボツにした、というお話でしたが。
和泉.
ボツにしたというか、違う形で発表したいと思っています。トリオというフォーマットかな・・・。メンバーも決まってないんですけどトリオをやりたいと思っていて。40になるまでにジャズをやるっていうのが公約だったんですけど。まあ、ジャズという言葉はおいておいても、トリオっていう形で。
美芽.
そっちにとってある、っていうことですか?
和泉.
そうですね。実は、今年のお正月に3曲できるまで OMENS OF LOVE と WHITE MANE と宝島がいたんですよ。新しく3曲できたっていうのもあって、もともとあったこの3曲は別の機会にとっておくことにしたんです。
美芽.
ピアノトリオといえば、先日則竹さんのビデオを拝見したらピアノトリオをやってらっしゃいましたね。ピアノトリオもいいなあ・・・なんて思いましたけど、欲を言えばピアノを生ピアノでやってほしかったです。
和泉.
生ピアノはあのスタジオ(Village−Aのスタジオ)ではドラムと同時には録れないんですよ。かぶっちゃってお話にならなくて。ピアノにかけたリバーブがドラムに全部かかって、ドッパーン!!ってなっちゃったんです。それでしょうがない、電気ピアノ出しましょうってことになって。ピアニスト受難の時代が続いていますよね。
美芽.
ドラムの音自体は私は本当に好きなんですけど、ピアノとドラムが同時に鳴ることで消えてしまう何かも確かに存在するんですよね。例えばペダルで残ったいろいろな音が混じり合う響きとか。今回の和泉さんのアルバムで、その消えていたものを聴いたのがすごく新鮮だったんです。
和泉.
かき消される部分は、どうしてもありますね。でも、トリオっていうフォーマットなら共存は可能だと思うんですよ。
美芽.
では当然生ピアノにウッドベースで。
和泉.
そうですね。今一番憧れてるピアニストが、スウェーデンのピアニストでラーシュ・ヤンソンさんっていうんですが、彼のアルバムに惹かれるんですよ。ジャズっていう概念を超えてますよね。僕は彼のCDは1枚、テープは1本持ってるんです。・・・ピアノトリオで。あとでお聴かせしますよ。
美芽.
ソロアルバムの構想もこの前語っていらっしゃいましたけが?
和泉.
うーん、まだ前に進んでいないんですよ。やりたいことがどんどん枝葉がわかれていっちゃうんですよ。カバーもやりたいし。バート・バカラックのカバーとかね。育った時代のポップスとか・・・、どういうふうにやったらいいのか・・・うまく一つにまとまるといいんですけどね。ソロアルバムにカバーを入れるのか入れないのか、考えていますけど。

ピアニスト受難の時代

美芽.
ピアニスト受難の時代だ、ってさっきおっしゃっていましたけど、それは強く感じられますか?
和泉.
うん・・・、みんな電気ピアノと本物のピアノの違いが漠然としかわかっていないですよね。一番大きな違いを述べよ、ってセミナーや学校で(Artist village)質問するんですけど、ほとんどわかっている人はいないんです。本当の意味でわかっている人が・・・。ご存じですか?
美芽.
この前お会いしたときに、和泉さんは倍音のことをおっしゃっていたのは覚えてますが・・・
和泉.
一番の違いは、ペダルを踏んでも音色が変わらないってことです。電気ピアノはペダルを踏んも踏まなくても全然音色が変わらないんですよ。他の弦が影響を受けているのか受けないかの違いなんですが、そこが大きな違いなんです。両者はまったく違いますよ。電気ピアノは悲しいですよね・・・。捨てたくなっちゃう。
美芽.
その電気ピアノを、お仕事ではいつも使うわけですよね。
和泉.
そう、だから旅が続くと辛くって・・・。この前もね、広島と岡山で2・3時間づつヤマハのスタジオ借りて。軽い鍵盤を弾いていると、どんどん指がダメになっていくんですよ。
美芽.
じゃ、普段は毎日こちらに来て練習をなさってるわけですね。
和泉.
ええ、練習時間の確保にはけっこう苦労してます。純粋な練習に割く時間が少なくなってきてるんですよね。ここ最近は、毎日お手紙を書いてはテープを発送している時間のほうが長かったり、夜になるとあちこち飲みにいってますね。今回セルフ・プロモーションみたいな部分があるので。(笑)
美芽.
ここは、夜でも弾いて大丈夫なんですか?
和泉.
そうですね、夜中も3時・4時・5時・・・問題ないですね。窓が二重になってるだけなんですけど。両親もだいぶ年老いて耳が遠くなってるし、近所も「笑っていいとも」に出たら「あれは芸人なんだ」ってことで。昔「笑っていいとも」で毎週木曜日にピアノ弾いてたんですよ。「替え歌コーナー」っていうので、83年から4年ぐらいかな。中村泰士っていうちあきなおみの「喝采」を書いた人のコーナーだったんですけど、ああいうのに出ると近所のかたは「ああ、芸人なんだ」ってことであきらめてくださったみたいで。(笑)それ以来文句いう人もいなくなったんですよ。
美芽.
じゃ、環境としては整ってますね。
和泉.
そうですね、ちょっと手狭だけど・・・。でも天気のいい日は窓を開けてガンガン弾いちゃったりするんですよ。気持ちのいい曲はね。まあ、ハノンを窓を開けて弾こうとは思いませんけど。隣はちょっとおしゃれな写真雑誌の編集部なんですよ。まあ僕のアルバムとはちょっと毛色は違うけど、隣だからデモテープを持っていこうかなと思ってるんですけどね。
美芽.
ご自宅にはピアノはないんですよね。
和泉.
ないです。家でも建てればいいんでしょうけどね。
美芽.
一戸建といっても、ある程度の広さがないときついですしね。グランドピアノを家に置くのは、本当に東京じゃ大変なことですよね。
和泉.
そうですよね、最低でも10畳ぐらいの部屋に、ヤマハのアビテックスじゃないけど組み立ててやらないとダメでしょうね。

練習について

美芽.
和泉さんは練習はどのくらいなさるんですか?あ、時間を計ることはないのかしら・・・。
和泉.
うん、身体が持つだけ弾きますよね。あとは夫として父としての最低限をキープしながら・・・。去年あたりは、ジョン・レノンじゃないけどハウス・ハズバンドを名乗ってましたから。T-スクェアの仕事がなくて東京にいるときは6時には帰ってご飯を作るって生活を続けてたんですけど。さすがに去年の秋ぐらいからそうもいかなくなっちゃって。今はご飯を作るのは週に1回ぐらいかな。カミさんも働いてるので、女房の母・・・むこうのおばあちゃんがいないと成り立たない生活ですね。おばあちゃん子になりますよね。親はいなくても子どもは育つっていうけど。
美芽.
そういういろんなバランスをとりつつ、なんとか練習時間を確保しようという・・・。
和泉.
そうですね、練習と制作を兼ねてる部分もあるし。最近どんなことをやりたいんだ?って考えて弾いてるのがそのまま練習になってる部分が大きいなと思うんですよ。純然たる練習っていうのはハノンとスケールぐらいですね。練習のための練習ってそれはそれで意味がないわけじゃないけど忍耐力もいりますしね。
美芽.
じゃ、まずここに来ると、ハノンやスケールから始めるんですか?
和泉.
うーん。気分ですね。その日に誰かの音楽、自分のだったりすることもありますけど、それを2・3曲聴いてから始めることが多いかな。だから今は、ラーシュ・ヤンソンとか、ティエリー・ラング。ティエリー・ラングはこの前ブルーノートと契約しましたよね。ティエリー・ラングって、ECM(ドイツのレコード会社で、ヨーロッパのジャズを多く出している)というか透明感のある音楽なんですけど、でもそれだけじゃなくて暖かみと茶目っ気、力強い素朴な何かがあるんですよ。ECMっていうとね、もっと研ぎ澄まされた感性、透明感ですよね。流れはその流れなんだけど、もうちょっと人間的になってる。何気ないけど、真似しようとするととんでもないのがラーシュ・ヤンソンだったり、ティエリー・ラングだったり。ヨーロッパのピアニストが気になりますね。
美芽.
特にコピーとか、そういうことはなさらないんですか?
和泉.
うーん・・・いや、しますよ。特にラーシュ・ヤンソンは作曲の才能もすごいので、今、追っかけてますね コピーもふしぶし・はしばしやってますし。自主制作で譜面も出してるらしいので、今度それを取り寄せたいなと思ってます。彼はもっと売れてもいいと思いますね。最近レコード会社が「女性のためのジャズ」じゃないけどそういう企画を出したことがあったじゃないですか。ああいうときにファッションとしてのフォーマットじゃなくて、形態として一番新しくて生き生きした音楽をやってる人がいるんだっていうことをもっと前面に出して欲しかったですね。

ピアノ対キーボード

美芽.
こうして伺っていると和泉さんは自分が弾くこと、そして聴く音楽についてかなりピアノ寄りですけど、それをメインのT-スクェアでやっていない、っていうのはご自分のなかでどう整理なさってるんですか?
和泉.
T-スクェアは僕にとって、大いなる学校ですよね。例えば8−6−4−4−2の弦を書く機会なんて、普通簡単にはもらえないんです。アレンジャーとして出発して大編成の弦楽器のスコアを書かせてもらうようになるのは大変だと思うんですけど、僕はマネージャーが「弦楽器のアレンジしたことある?」っていって「たぶん書けると思います」なんて言って。「脚線美の誘惑」に入ってるHeartsってバラードで弦の譜面を書いてますけど、今思うと恥ずかしいですよ。自分の引き出しにないものを要求されるから、そういう意味ではそれなりにいろいろなスタイルに対して勉強できたなっていうのがありますね。
美芽.
引き出しが増えたなということですね。
和泉.
そうですね。それとかなりメロディを大切にするっていうことを学んだかな。詞の力に頼れないですからね。でも、その反動で最近歌もすごくいいなと思うんですけど。
美芽.
えっ!!!
和泉.
(笑)歌も作ってますよ。まだ形にはなってないですけど。
美芽.
ソロアルバムに歌が入るっていうお話もありましたよね。
和泉.
ええ、それとはまた別に作ってます。ちょっとポップフィールドにも・・・手を変え品を変えですよ。(笑)
美芽.
和泉さんご自身の中では、ピアノに専念していたいという思いはないんですか?ピアノもポップな世界も両方持っていたいということなんでしょうか?
和泉.
いや、あくまでピアノは核ですよね、私にとって。最後までコアになるもの。でもピアノに専念するのは60過ぎてもできますし。もうちょっと練習しないとピアノに専念もできないっていうのもあるんですが。

ピアノ少年からミュージシャンへの道のり
美芽.
和泉さんは高校生のときピアノを中断してフットボールをやってらしたというお話ですが、その時は音楽をやめたおつもりだったんですか?
和泉.
いえ、全然そんなことはないです。若気の至りでフットボールを始めちゃっただけで。
美芽.
ピアノは小さい頃から習っていて、おうちではクラシックがいつもかかっていた・・・そんな少年時代だったんですか?
和泉.
まあ、そうですね。
美芽.
ピアノの練習は好きでしたか?
和泉.
・・・・(しばし考えて)いやあ、缶けりのほうが好きでしたよ、もちろん。
美芽.
いわゆる練習ではなくて、歌謡曲などを好きなようにアレンジしてピアノで弾くっていうのは好きだったんですか?
和泉.
ああ、それは好きでした。
美芽.
小さい頃から、クラシックな世界とポップな世界の両方に親しんでいたわけですね。
和泉.
うん、いろんな説があるんですけど(笑)。一番大きなきっかけは東京オリンピックと加山雄三かな。オリンピックの開会式を見に行って感激した後にテレビを見たんです。アメリカは強くて、表彰式でアメリカ国家が流れていたんです。それを聴いてピアノで弾いてみたというのが耳から入ったはじめかな。そのあと加山雄三の時代に入って、ウクレレなんか弾いて「コード」ってものに初めて接したんですよ。それでカレッジ・フォークが来て、気がつくとボブ・ディランとか吉田拓郎になってました。生ギターかき鳴らしてがなってた時代がありましたね。(笑)小学校4年・5年ぐらいかな。
美芽.
では、早くから楽譜のない世界にいたんですね。
和泉.
そうですね、遊んでましたね。耳から音をとらえていくのは早かったかもしれないです。小学校の3年生頃からそれは日常的になってました。
美芽.
ミュージシャンになる前提として、そういうのができてるっていうのは大きいのでは?
和泉.
そうですね、そこが一番大きいところですよ。いかに楽器で遊ぶかっていうか。出すべき音が全部鳴っていないと。

教則ビデオやセミナーで語っていること〜「うたう」〜

和泉.
この前もビデオでそのテーマでお送りしたんですけれど、でも課題曲の演奏で自分が全然歌っていないので嫌になっちゃいました(笑)。ここで準備してるときのほうがよっぽどいい演奏なんですよ。レコーディングだと気に入らないと3回4回やればいいし、ダメだったら違う日に録音するっていう手があるんです。でもあのときは手元にハンディのビデオカメラがあって、横ではずーっと横にカメラが動いていくわけですよ。あんまり何回もやり直すと悪いでしょ。2曲録音したんですけど、結局3回やってみてテイク1を使いました。意気込みはすごかったんですけど、出来上がったらあまり宣伝したくなくて。ホントに(笑)。でもビデオって売れて3000本とかそういう世界らしいですから。1万売れたら大ヒットらしいです。
美芽.
では、具体的にどのような内容になったのですか?
和泉.
歌って暮らして下さい、っていうのがテーマですね。音楽をやる人は楽器をやる以前に、自分の中で音が鳴っていないと音楽になりませんよ、と。ダイアトニック(注:全音階的という意味。長音階と短音階がある。ここでは和泉さんは例としてハ長調の例を使っているのでドレミファソラシドの7つの音という意味)の7つの音の中から、使える音を1つずつ増やして遊んでいくっていうエクササイズがあるんです。最初は1度と5度でドゥンドゥドゥ・・・・(ドとソを使ったメロディを即興で歌う)、次は4度も入れて(ファの音も入れる)・・・、3度を加えて、みたいな。例題はアドリブになるんですけど。本当はこの部屋のピアノの横にカメラを置いておいて、いいものができるまでやりたかったんですけど。でもね、いったん譜面に起こすとまた別物になっちゃうんですよ。その重みが音と映像を通してどこまで伝わったのか・・・。それはセミナーでも主眼に据えてるところなんですよ。やっぱり急にアドリブしよう、っていってもできない場合ってあると思うんです。でもソとドだけだったら。ソドソド ドソソド ド・ソソ ド、とか。そこからリズミックな意味合いも含めて音で遊んでいく、っていう感覚を感じ取れたらいいですよね。まだセミナーをはじめたのは去年からですから、どれだけ成果が出るのかまだ見えないですけど。
美芽.
「心の中に音があって、それを出す」っていうことをみんなもっとやって欲しいな、ということなんですね。
和泉.
うん・・・っていうか、今、義務教育も含めて日本の音楽教育って非常に楽器を鳴らすってことを教えていない気がするんです。ルルル〜、っていうのがああってルルル〜って弾くのならいいんです。でも、譜面があってそれを弾いている場合、別に自分で気持ちの中で歌っていなくても、音楽に聞こえるじゃないですか。クラシックで相当ハイレベルな人が、春のセミナーに来たんです。音大を受けるんだ、っていう高3の女の子でショパンのバラードを聴かせてくれたんですけど。「うわー。恐ろしい。ここまで歌っていなくていいんだろうか・・・。」・・・そこに全然歌がないんですよ。テンポを半分ぐらいに落としてもらって、「もっと歌って。」って言ったんですけど、先生が生徒に対して歌うっていうことの本来的な意味合いがちゃんと伝えられていない気がするんです。
美芽.
それは、びっくりなさったというか、へえー・・・・という感じですか?
和泉.
そうですね、びっくりしましたね。
美芽.
高校3年生までピアノを一生懸命やってきて、大学でも勉強しようという人にそういう面がある、そんな現実はありますよね。
和泉.
そうなんですよ、それで彼女はいずれピアノの先生とか学校の先生になるのかなと思うと、歌わないまま手先が器用なピアニストが増えていくのかなって。

そして「Forgotten Saga」

美芽.
手先が器用であることより歌うことを大切にしたいという思いが、今回のアルバムでは難易度を落としたという話につながるのですか?
和泉.
いえ、難易度を落としたというか、自分にとって弾ける精一杯の難易度だったんです。でもみんなに弾いてもらってものだっていうところもあるし。アルバムジャケットは自分で撮ったんですよ。ソロの「アムシー」っていうアルバムで氷山を撮った場所から沖合に10キロでたところなんです。同じ日で。すごい昔なんですけど、自分で撮ってるってところでこだわったんですよ。・・・なんの話でしたっけ。
美芽.
歌ってない、という話ですけど。和泉さんの曲は、そういう意味でピアノで「うたう」ための曲が結構多いかもしれないですね。教材としても使えそうな・・・。
和泉.
あ、そうそう、僕のこのアルバムをクリスマスプレゼントに流行らせたいなと思ってるんですよ。夏に出すけど、行き渡るのって10月や11月のような気がして。でもインディーズなもので、8月1日にレコード屋さんに行ってもらっても店頭には売っていないんですよね。今、9月のカザルスホールでのリサイタル用のCDがないって話で困ってるんですよ。ただ、コンサートに来てくれてCDを買おうって思ってくれた人は注文して買ってくれるかな、なんて思ったりね。

T-スクェアファンへ贈る和泉さんの推薦盤

美芽.
私の知っているT-スクェアのファンの中には、ほとんどT-スクェアしか聴かないという人がいまして。
和泉.
残念ですよね。(苦笑)
美芽.
そういった人に「こんなのどう?」っていうアルバムを和泉さんから推薦していただけませんか?
和泉.
うーん・・・まず、メセニーは聴いて欲しいですね。
美芽.
メセニーの場合、どこから入るかというのが重要な問題のような気がするんですよ。どこがおすすめですか?
和泉.
まず、「WE LIVE HERE」がいいでしょうね。それから「想い出のサン・ロレンツォ」、「LETTER FROM HOME」この3枚は押さえていただきたいですね。
美芽.
なるほど・・・。で、メセニーはとりあえず聴いてみた、そのあとには何にいったらいいでしょうね。
和泉.
うーん・・・どうしましょうね。ジャズにいっちゃうと、T-スクェアファンにはなあ・・・。ハービー・ハンコックの初期の作品、ブルーノート時代の3〜4枚であるとか。1stが「TAKING OFF」、2ndが「EMPYREAN ISLES」。T-スクェアのファンだったら、ビル・エバンスじゃなくてハービー・ハンコックだろうなあ・・・。
美芽.
でも和泉さんとしてはビル・エバンスを聴いて欲しいですか?
和泉.
うーん・・・・僕のメセニーとハンコックっていうのもすごく乱暴な出し方ではあるけれど、いろいろ沢山聴くのが何より大事だと思うんですよ。

和泉さん自身の好きな音楽

美芽.
和泉さんご自身は、メセニー以外はいわゆるフュージョンっていうのはあまり聴かないんですか?
和泉.
うーん、でも例えばフォープレイとかも聴きますよ。イエロージャケッツは、マーク・ルッソ(Sax)がやめちゃってからちょっと・・・っていうのはあるんですけど・・・。
美芽.
マーク・ルッソの方が好きでしたか?(今はボブ・ミンツァー。)
和泉.
うーん。僕にとっては、あのバンドはそうでいて欲しかったです。最近はサントラをよく聴いてますね。
美芽.
クラシックもここにいっぱいありますけど、例えばピアノ曲ではどんなのをよく聴かれるんですか?
和泉.
気分によって千差万別ですけど。でもモーツァルトはほとんど聴かないかな。あとはドビュッシー、ラベル・・・本当にいろいろ。ショパン、シューマン、シューベルト・・・でも、シューベルトはほとんど聴かないかな。ベートーベンはあまり好きじゃないんです。
美芽.
やはり、ドビュッシー・ラベル・ショパンってところでしょうか。具体的な曲名ではどんなものが?
和泉.
うーん・・・自分で弾けるのと弾けないのといろいろありますからねえ。ドビュッシーでいうと沈みゆくなんとか・・・
美芽.
「そして月は廃寺に沈む」が入っているというと「映像」ですか?
和泉.
そう、「映像」です、あのへんですね。
美芽.
「水の反映」とか。
和泉.
ああ、「水の反映」はさすがにやりました。あの時代にあそこまでやったドビュッシーはすごいですよね。
美芽.
ショパンでは何がお好きですか?
和泉.
ショパンね・・・。ピアノコンチェルトが好きですね。1番かな。でも、クラシックでいうと、ラフマニノフが好きです。あのエッチなところが、たまらないというか・・・。ロシアの貴族が村の生娘をつかまえてきて好きにしちゃうみたいな、(笑)そういう・・・ラフマニノフはいいですよね。でもそんなに作品は知らないんです。やっぱりピアノコンチェルトの2番とヴォカリーズかな。


和泉さんとお茶!!!

美芽.
では、そろそろレッスンのほうをお願いしても良いですか?
和泉.
ええ、じゃ、ちょっとお茶入れてきますよ。日本茶と紅茶と、どっちがよろしいですか?
美芽.
えっ!!・・・どっちでもいいです!!
和泉.
じゃ、今紅茶のいいのがないんで、日本茶入れてきますね。これでも聴いててください。

和泉さんがCDラックから取り出したのはラーシュ・ヤンソン・トリオの「INVISIBLE FRIENDS」(IGCD055)。さっき今一番気になる、とコメントしていたピアニストのアルバムです。スウェーデンのIMOGENAという会社から出ています。

和泉.
ここの椅子に座って聴いていただくといいと思うんですよ。2人座れるかな?

なんと、和泉さんの特等席、素敵な一人掛けソファにひさえと私はすわらせていただくことに!!一人掛けなんですがものすごくゆったりした作りだったので、2人で座れました。そしてちょうどそこの正面に並べられたキーボード、ミキサー類の向こうに間接照明のあたったエスニックなオブジェが飾ってある棚があります。その棚にある立派なスピーカーがソファに照準をあててセットされているのです。ドキドキしながら座らせていただき、和泉さんにCDをかけてもらいます。和泉さんは1階におりていきました。

はじめに印象に残ったのは、ものすごくリアルなシンバルの音。目の前でスティックが動いているような錯覚にとらわれます。そしてラーシュの弾くメロディはなんともメロディックで、私のイメージのジャズとはちょっと違っていました。・・・なんか、スーッと耳に入ってきます。途中のウッドベースの音も弦をはじく音がリアルに聞こえて。ここのオーディオのただごとならぬハイクオリティさ、そしてこのトリオの心地よい音に2人してうっとり。お部屋の中を少し見回すと、クレーの絵があったり、写真コーナーではツアーで撮ったらしい楽しそうなスナップが沢山張り付けてありました。本棚にもびっしり本があって、武満徹の本があったのが印象に残っています。

2曲目の途中で和泉さんが日本茶とケーキを持って戻ってきました。
和泉.
どうですか?
美芽.
え・・・(トリップしてしまってボーっとしている)すごくステキですね!!好みです!!
ひさえ.
ジャズっていうのを超えてますよね。
和泉.
ね、いいでしょ?

そう言ってその時かかっていた2曲目「Learn to live」のイントロをそっくりに弾いてくれました。完璧にコピーなさっているのはさすが・・・。

そして和泉さんに入れていただいたお茶を飲みました。完璧な温度と濃さで、芸術的な緑茶だったことを記しておきます。ケーキはカステラみたいな感じのもので、2・3日前にお使いものでいただいたものだとか。「ポロポロしてるからフォークじゃなくてスプーンにすれば良かったですね・・・」など言葉のはしばしに細やかさがうかがえます。そしてもう1本、ラーシュ・ヤンソンのDATテープ、それから前回のインタビューで推薦していた映画「TOYS」のサントラを聴かせてもらいました。「パット・メセニーがギター弾いてるんですよ。今はこんな感じでメロディ弾いてますけど、途中からね・・・」案の定途中からギターシンセのメセニー節が爆発!!「来たあ!!!!」と反応しちゃいました。これだけ推薦をいただくと、「TOYS」をレンタルビデオ屋さんで借りなければ・・・。

そしてひさえが昨年のアルバム「B.C.A.D」に入っていた和泉さんのピアノソロ曲「TERRA DI VERDE」を弾き、レッスンしていただくことになりました。
ひさえは大学ではピアノを専攻しており、現在もよく結婚式などで頼まれて演奏しています。(多芸なカメラマンなのです)先日もある結婚式で弾いたばかりとのことで、この曲を和泉さんに聴いてもらうことになりました。ひさえも緊張しています。和泉さんは目を閉じて耳を澄まして音が出るのを待っていました。こんな表情で演奏を聴いてもらったことって、私はあっただろうか?とふと考えます。

和泉.
  いや、なんの問題もないじゃないですか。もっと歌ってくれるといいな、っていうのもあるけれど。・・・ここが譜面より短くなっちゃってるかな。このタタン、っていうのが早くなっちゃってるから、そこを・・・。

和泉氏レッスン
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ひさえ.
こうですか?(弾く)
和泉.
そうそう。ひとつ思ったのは、完璧に譜面で全部成り立っている音楽じゃないんです。はじめのメロディと一緒に弾いてる内声の部分、シ、ミ、レ、レ、ド、シ、・・・
これを歌っていこうとする努力。もちろんメロディがあって下があるんだけど、このラインが全体の中で重要な意味を持つことになってくると思うんですよ。そういう意味では、許される限りペダルの使い方がね、もうちょっと細かく・・・。難しいし、僕もずいぶん濁らせたりしてますけど。ペダルなしでどこまで持続できるのか確かめたうえで。すごく微妙なタイミングでペダルを離さなきゃいけないんですよね。それとだから、好みの問題だと思うんですけど、もっと思い入れたっぷりに歌っちゃっていい曲だと思うんですよ。 でも結婚式で弾いていただくのって嬉しいなあ。お便りでも結婚式で弾きましたっていうのいただいてるんですけど。「あれは、誰の作った何ていう曲!?」なんてね。(笑)これね、カザルスホールのリサイタルで弾くか弾くまいか迷ってるんですよ。曲が足りないので。
ひさえ.
あの、どうやって歌ったらいいのかよくわからなくて・・・。

ということで、和泉さんの模範演奏です。

和泉.
懐かしいですね・・・。
和泉さんはゆったりと弾き始めました。なんという、ふくよかな音なんでしょうか。ひさえの音だって充分ちゃんとした音なのですが、はっきりと音色が違っているのには驚きました。フカフカの暖かくて柔らかくて大きな手で包み込むように出している、そんなイメージ。響きがものすごく豊かです。
ひさえ.
和泉先生は、音と音の「あいだ」を歌ってらっしゃるんですね・・・。
和泉.
そ、そうですか?だといいんだけど。でもピアノって鍵盤を押したら終わりだから、サビがどうしても濁っちゃうんですよね。作った段階でも迷ったんですけど。・・・Aの部分は、ペダルなしでもけっこうできるんですよ。
和泉.
あっ、アラベスクの楽譜!(ドビュッシーの小品。)こっちもきかせてくださいよ。
ひさえ.
そ、そんな・・・。
美芽.
TERRA DI VERDEとこれを弾いてきたんでしょ?この前は。
和泉.
アラベスクとペアっていうのは嬉しいなあ・・・。

そしてひさえが2ページほどドビュッシーの「アラベスク」を弾きます。
和泉.
もっとHでいいと思いますけどね。ダバダダバダ ダバダダバダ みたいな。(思いっきり抑揚をつけて濃く歌ってみる)・・・ってこの感じがね。でも女性は・・・おくゆかしいのかな。もっとこう岡本太郎が出てくるような・・・。ちょっとサラっとしてるかなという感じがしますよね。結構ドビュッシーとかの印象派って、どろどろした世界とは無縁みたいに思われてるけど。もうちょっと、ドロッとしたほうがいいような・・・。でも女性はそれぐらいにしておいたほうがいいような気もしますね。
美芽.
この人(ひさえ)は、照れ屋だから感情を見せるような弾き方は恥ずかしいんですよ。きっと。
和泉.
そうか、恥ずかしいんだ・・・。ハダカになればいいんじゃないですかね?
美芽.
ハダカで練習ってしたことない・・・(爆笑)
和泉.
この前、全裸でピアノ弾いてる?とか友達が聞くんですよ。そ、そんな全裸でなんてねえ。暑いときは半ズボンは着ないってことはありますけど(笑)。(真面目な口調になって)どこまで自分を出すかって難しいですよね。あんまり露出狂と間違えられるような演奏も世の中にはありますし・・・。・・・・でも、そうなんだ。恥ずかしいんだ。そっか。(納得したように)
ひさえ.
・・・わかっちゃうのね、音を聴いただけで・・。
和泉.
一杯やりながら弾くといいんじゃないですか?赤ワインがいいですね。メンタルな方向をウワーッと出すには。もちろん酩酊してしまうと練習にならないんですけど。でもソロピ録ってるときも、40分で一区切りなんですけど、1まわりはしらふでやって、で、ワイン開けてもう40分録るんですよ。全然変わってきますよ。ラララ ララララ〜っていうのが、ワイン飲むと飲まないのじゃ全然違って来るんですよ。
美芽.
そんなお酒の効用もあったんですね・・。
和泉.
そんなもんですよ。

インタビューを終えて

気がつくと日も落ちてすっかり夜。玄関先まで見送ってくださった和泉さんにお別れしました。外に出ると梅雨の真っ最中でしたから、お天気は雨。駅まで歩きながらひさえと二人、話は尽きません。

美芽.
た、楽しかった・・・。(しみじみ)今回ってCyberFusion始めて以来、最大の役得だよね・・・。こんなことばれたら和泉ファンに怒られちゃうかも。
ひさえ.
大丈夫よ。それより、緑茶の温度が完璧だったことから、お部屋の様子まで克明に読者にお伝えしなきゃ!!読者のみなさまの代表ってことで。ね?
美芽.
そうね。リアルにお伝えしなきゃ!!それにしても、こんなことがあったら筋金入り和泉ファンになっちゃうよね。

後日、シアトルの橋にDATで録ったインタビューテープを送りました。「和泉さん宅のオーディオは立派だったでしょう?」とのこと。そうなんです。DATで録ったものを再生してると、CDとその場で弾いてる音とほとんど区別がつかないんです。さすがというしかありません。

天秤座の和泉さん。天秤座は美を愛する星座ですが、本当にそんな印象でした。美しいピアノの音、素敵なCDたち、本物の演奏と間違えそうなくらい良い音のオーディオ、ちょっと薄暗くて落ち着く間接照明、大きな大きな一人掛けソファ・・・。オブジェと混じって棚に飾られた昔使っていたと思われる小さな小さなマックが可愛らしくて。ステージでのお茶目なトークのイメージ、そして和泉さんが弾く美しいピアノの音のイメージ・・・今回お会いしてそれらが一つにまとまった気がします。毎日生きていく中で美しいものを追い求め続けるのは大変なエネルギーがいる。そのエネルギーがものすごく高いのが和泉宏隆なのです。手間も暇も気持ちも大量にそそぎ込んで、綺麗な結晶を育てるかのようにアルバムや曲を作っている現実を、肌で実感してきました。そのせいか、このインタビュー以来、わたしもピアノの前に座る時間が増えたりして・・・。カザルスホールをはじめとする9月のリサイタルでは、コンサートホールのスタインウェイで和泉さんの生ピアノが聴ける! とても楽しみです。(美芽)

和泉宏隆ソロライブスケジュール
9月4日:大阪フェニックスホール
9月11日:名古屋しらかわホール
9月19日:東京カザルスホール(チケットは完売)
9月26日(土)27日(日)秋田県秋田市 ザ・キャットウォーク(電話予約 0188-32-6699) 開場 6:00 開演 7:00 60分ステージ2回 CHARGE 3500円


Interviewed by Mime
Photography by Hisae Itoh
Copyright 1997 by CyberFusion