T‐スクェア「時間旅行」
安藤正容&河野啓三インタビュー
2004年に若手の河野啓三(key)、坂東慧(dr)がメンバーとして加入、ここ最近は4人でバンドとして活動してきたT‐スクェア。2010年の新作「時間旅行」は、若手ふたりが往年のスクェアっぽいナンバーを書き、リーダーの安藤正容(g)、伊東たけし(Sax)は渋い新境地の路線の曲を提供。バンド内で才能がひしめきあい、スクェアらしさと新しさが混じり合って、充実した楽しいアルバムになりました。 でも、スクェアっぽいアルバム最初の1曲目と2曲目を若手に譲っているけれど、本当にいいんですか、安藤さん? そして河野さん、いったいどうやって、スクェアっぽいナンバーをここまで自然に、見事に作ったのですか?という疑問が残ります。そこで、こうした疑問を、メンバーのふたりに取材してきました。 ●デモテープに頼らないレコーディング
河野: 今回のアルバムはデモテープを作らずに、みんなで曲を書いてスタジオでリハーサルしながら、アイデアを出し合っていきました。その中からいい曲を選んでいこうということで。
―それは画期的なことなんですか?
―緻密なデモテープを作って選曲会議、というスタイルは、すごく長く続いていますよね?
―クラシックのコンクールを取材していても、審査員のコメントをとると「自分は3位の人が一番いいと思ったので結果には納得できない」みたいな話が出るケースは、よくあります。
−プリプロはどのぐらいの期間だったのですか?
安藤: たまたま今回はこういうプロセスになって、いい曲が生まれて、結果的によかったなと思っています。次回のレコーディングでどうするかはまだ、わからないですけど。
―いつものやり方を変えたのは、何か理由があったのでしょうか?
●「つかみの曲、書いてよ」(安藤) 安藤: ここのところ河合マイケルがプロデューサーになって、「今回はロックっぽいものでいこう」とか「フュージョンの原点に戻ろう」とか、方向性を決めて全員が作曲していたんですが、今回はそれがなかったんです。自由に、書き溜めたものや、そのとき旬なものをぱっと書いてみたんですね。そこで集めてみたら、みんないい曲を持ってきた。でも、「トゥルース」や「オーメンズ・オブ・ラブ」みたいな、つかみの曲がない。僕はいまそういう曲を作るような心境じゃなかったので、河野君と坂東君に「つかみの曲、書いてよ」ってお願いして、書いてもらったのが河野君の1曲目だったり、坂東君の2曲目だったりするわけです。 ある意味、大丈夫? っていう流れだったんだけれど、若いふたりが名曲を書いてきたし、伊東さんもがんばっていたし、結果的には明るくていいアルバムができたと思います。河野君とか坂東君は、スクェア路線から外れないで、しかもそれぞれの個性がある曲を書いてくるので、すごく新しいスクェアになれるような気がします。
―「スクェアっぽい」という曲のスタイルは、安藤さんが中心になって作り上げてきたものですよね?
―そうですね、歴代のメンバーが長い時間をかけて「スクェアらしい」というものを作り上げてきたわけで、簡単には真似できるものではないと思うんですよ。それなのに、なぜ、河野さんは、あんなに自然にスクェアらしい曲をいくつも書けるんですか?
―安藤さんは、ここまで自然なスクェアらしい曲が若手から出てきて、不思議な気持ちになるということはないんですか?
―そういった若手の活躍があって、安藤さんも、自分の旬な路線に安心して行けたわけですか。
―坂東さんと河野さんは、もはや、欠かせない存在になっているわけですね。いまのメンバーになったのが2004年からなので、もう6年目ですか。本田さんがいたのが7年間だと思うと、現メンバーでも結構な時間が経ちましたよね。
●「もっとかっこいいソロにしてください」(河野)
―T−スクェアのメンバーに取材されたインタビューを読んでいたら、河野さんが作った1曲目の「ファンタスティック・ストーリー」を録っているとき、安藤さんがギターソロを弾いたところ、「もっとかっこいいソロにしてください」ってダメだしが河野さんからあったと書いてあったんですよ。そんなことが言い合えるほど仲がいいというか、遠慮のない雰囲気なんだと、びっくりしたんです。そこで考えてみれば、もうこのメンバーになって6年たったんだな、と。
―河野さんは、そうやって、安藤さんに結構びしばしと言っちゃうんですか。
僕も若いころ、理想はすごくあって、なかなか到達できずに世に出てしまうことが結構あったんです。いまはちょっと枯れてきたというか、「これもありかな」「ま、いっか」と、理想にあまりこだわらなくなってきましたね。でも坂東君や河野君は、いま若いので、とにかく「こういう曲に作り上げたい」っていう理想に近づけようとしているんでしょうね。だから変なソロをやると、「俺の曲がひきたたない」「安藤さん、もうちょっとかっこいいの弾いてください」って言われちゃう(笑)。まあ、「ファンタスティック・ストーリー」のギターソロは、言われてよかったですね。いや、あれはカッコ悪かったですよ。
―安藤さんから河野さんに細かい注文は、ないんですか?
●アルバムにちりばめられた「隠し味」
―河野さんの頭の中には、これまでのスクェアのアルバムで安藤さんが演奏してきた音の引き出しが全部入っていて、そこからあれこれ引っ張り出してくる感じですか?
―他に、この曲のここのギターは注意して聴きましょう、みたいなのはありますか?
―それは、普通は・・・。
―マイクの力ってすごいんですね。
―打ち込みについては、どれぐらい使っているんですか?
●「聴き手にとって宝物になるような演奏をしたい」(安藤)
―河野さんはスクェアにかかわって10年ぐらいになりますけれど、実際中に入ってみて「そうなんだ」と思ったことはありますか?
―あまり、細かく言われなかった?
―それは、安藤さんのポリシーとか何か、あるんですか? リハーサルはこう進めるべきだ、みたいな。
たとえば、音程がちょっとずれているけれど、それがOKなのか、音程を直さないことが、後々何度も聴くときに嫌な感じがするのか、その判断が難しいんですが、そうしたことを気にするようになりましたね。でも、判断が合っていたのかどうかは、時間をかけないとわからないんですね。たとえば、僕はジェフ・ベックが大好きなんですが、すごくリズムがコケていたり、ライブ盤だと間違っちゃっているものがある。だけど、それが直っていたらつまらないだろうなと思うんですよ。自分だったら直しちゃうけれど、それが本当に聴き手にとって、いいことなんだろうか。聴き手にとって、宝物になるんだろうか。それがずっと、課題ですね。 やっぱり、ミュージシャンって、聴き手がいなかったら、生きていけないですから。趣味だったらいいんだけれど、聴き手あってこそのミュージシャンです。聴き手にとって、宝物になるような演奏をしたいですね。たとえ間違ったとしても、「安藤さん、キレたように弾いたのが、すごくグッときた」と思ってもらえるライブがいいなと。
―そのへん、すごく難しいというか、深いところですよね。
● 「僕自身は、めちゃくちゃうまくなりたい」(河野) 河野: 僕もまったく同感ですね。特にピアノって、超うまいことが感動をよぶ典型的な楽器なんですね。まず、自分がそれができていないというのは、どういうことだろうと(笑)。 安藤: そうかな?(笑) でも、セロニアス・モンク(p)とか、どうなの? 河野: かっこいいですね。音が深く入ってきますよね、モンクは。だから、そのへんを探しながら活動しているというか。 ギターの場合は、うまさだけが魅力になりえない部分がピアノ以上にあるような気がして、ギターのほうが抽象的な表現をする楽器だと思うんですね。たとえばチョーキングにしても、自分自身がピアノの調律の勉強をしていたこともあって、音程を聴き比べるのは得意なんですよ。 ピアノの調律って、完全に正確な数値から何点離れているか減点方式がひとつ、それと全体の聴き心地というふたつの観点から採点していくんですね。正確なピッチが必ずしも気持ちよいわけじゃない。どういうときに人が感動するのか、チョーキングのタイミングだったりスピードだったり、それって数字にできるものじゃない。 だからなるべく自分の直感で、頭では音程が定かではないとはわかっていても「今のはいい」と思ったら「いい」というようにしています。なるべく直感を頼りに判断していくようにしています。でも、僕自身は、めちゃくちゃうまくなりたいですよ。 きのうも、ピアニストの小曽根真さんとゲイリーバートン(Vib)のデュオを聴いてきたんですけれど、やっぱりね、圧倒的にうまいですよ。もちろんプラスアルファはあるんですけれど、まず圧倒的なうまさに感動しますね。あれぐらい弾けるようになったらいいな、と正直思いますね。
―そのために河野さんは、何かハノンやチェルニーみたいな指のトレーニングを一生懸命やったりしているんですか?
―他のミュージシャンのライブはけっこうまめに行くほうですか?
―いま、キーボードよりも、ピアノのほうに関心が向いているんですか?
今回のアルバムにも、前よりピアノがたくさん入っている、聴こえてくる感じになっています。ピアノへの興味が今まで以上に強くなっているかもしれないですね。ただ、ピアノはうまくなりたいけれど、あくまでキーボーディストでいたい。シンセを弾いているときに、底抜けに楽しくなれるんです。基本的にハードロックとかヘビメタが好きで、大きな音を出すのが好きなんですよ。それはシンセとかオルガンを使わないとできないですから。 ●「スクェアの名曲には隠し味がたくさん入っている」(河野) 安藤: 河野君はギターに詳しいんですよ。さっきのギターのトレモロのアイデアなんかは、河野君ならでは、ですね。
―河野さんは、ギタリストじゃないのに、なぜそんなにギターに詳しいんですか?
―もしかして、スクェアの曲だったとか?
安藤: それ、すごくない? 河野: バッキングだけやっていたんです(笑)。もうひとりメロディーとソロを弾く人がいたんですよ。 僕はそうした自分の好きな音楽だったり、研究してきた要素をぶつけて作曲しているし、スクェアの活動にはそれを生かしていきたいんです。 毎年、社長からは「第二のトゥルースをぜひ作ってほしい」といわれるんですけど(笑)、それは無理にしても、いまのスクェアを代表するような、より多くの人に知ってもらえるような曲を書けたらいいなと思っています。 活動していく中で、過去のスクェアの曲で、どういうものが人気があるのか、まのあたりにさせられる部分もあるんですよ。「この曲が好き」っていうファンの方からのリクエストを見ていると、和泉宏隆(p)さんの曲に人気があるのも「なるほどな」と思うし。そこから得たものとして、仮にポップでロックっぽいものを作曲しようとしたとき、ぱっと聴いた感じではスクェアらしい曲とになるけれど、そこに自分が持っているものをプラスアルファの隠し味として加えることで、今までになかった表現ができたらと思うんです。
―隠し味というのが、こだわりなんですね。これまで、スクェアの名曲にも、隠し味というのはあったんでしょうか?
安藤: 何のことか、わからない・・・。 河野: ギターのトラッキングとか、すごかったですよ。ドリルの音とか。 安藤: ああ、MIR.BIGみたいな、「ういーん」ってヤツですね。 河野: ポップで気持ちいい音楽だから、そんな音が入っていることは、注意していないとわからないんですよ。でも、それが何回も何回も入れた形跡がある。10のものをつくるのに、15ぐらいのことをやっているんだな、って感じました。こだわりが形になっていますね。
―やっぱり、隠し味というのが、ポイントなんですね。
―メンバーになってから、そのあたり、吸収した部分は大きいですか。
―安藤さんは、「そうそう、そこがこだわりなんだよ河野君、やっと気づいたか」みたいな部分はあるんですか。
―さっきのドリルの話とかはどうなんでしょうか。
―そういう部分があるのとないのでは、違うでしょうね。
―そのドリルの音も、レコーディングを楽しくする効果がすごかったのかもしれないですよね。
●「夢はワールドツアー」(安藤)「夢はPMGとT‐スクェアの共演」(河野)
―スクェアの活動をしていない日は、何をされているんですか?
河野: 僕は、安達久美のバンド「クラブパンゲア」もやっているので、旅に出ていることがけっこう多いですね。
―ライブに行ったりはしないですか?
―今後のスクェアの理想の形ってありますか?
どこでもいいんです。僕には何か、根拠のない自信があるんです。海外で受けるぞ、っていう。マネジメントも大変だし、受け皿も必要だし、いろいろ実現にはハードルがありますけれど。クリアしていけるチャンスがあればね、ぜひ。もちろん日本でも、今年のツアーは東名阪だけなんですが、もっといろいろな場所でやっていきたいですね。 河野: 僕も、ワールドワイドに活動できればと思うのと、あとは、いろいろな人と共演したいですね。パット・メセニー・グループとか。 安藤: なんなんだ(笑)。どういう基準? ギターだけプレッシャーになりそうだなあ。僕はパット・メセニーと同じ年なんですよ。
―最新作の「オーケストリオン」は、どう思われましたか?ライブには行かれましたか?
河野: 僕も行っていないんですが、あのシステムは即興演奏ができるらしいんですよね。ギターで弾いたものを、まわりのピアノだったりマリンバで鳴らせるシステムだって聞いて、ああライブ行っておけばよかったかなと。パット・メセニーは、ピアノを弾くことに興味はないけれど、ピアノの音が鳴る仕組みにすごく興味があって、子供のころピアノの下にがさごそ入っていった、そんな子どもだった、って自分で話していて、メカニック的なものが好きなんですよね。それで今回のアルバムなのかなと。すごいなあ、すごすぎるけど、要するにギターソロなのかなと。ひたすらギターを弾くのが好きというのが彼の最大の魅力で、そこに尽きると思うんですよ。ライブに行っても、えんえんとギターを弾いているし、よっぽどギターを弾くのが好きなんだろうなと。 ただ、即興演奏ができるのは知らなかったので、話を聞いて、ライブを見に行きたかったなと思いましたね。一時期あの人はミニマルミュージックのスティーヴ・ライヒの曲を演奏していたし、同じフレーズをループさせる音楽が昔から好きですよね。 安藤: 彼は「オーケストリオン」と出会ってすごく盛り上がってそういう音楽をやろうという機運が高まって、それは素晴らしいと思うんだけれど、僕自身はあまり興味がないかな、それで今回のライブはパスしちゃったんですよ。でも、トリオで来たときのライブは、ほんとうに涙が出そうな感じでしたね。でも2回目に見に行ったら、メセニーが具合悪そうで、弾いていてピックを落としちゃったりとか、調子が悪いときも見ています。河野君とも1回一緒に行ってるよね。あれは、確か・・・ 河野: The way upでしたね。 安藤: 凄かった・・・。完璧でしたね。
―えーと、メセニーと共演したいという話でしたけど、他に誰か共演したい人は。
―安藤さんは、誰かと共演したいというのはあるんですか?すでに共演しちゃった人も多いですけど。
―どうもありがとうございました。
隠し味、という言葉を河野さんはしきりに繰り返していました。ポップでロックで歌えて、そこにさまざまな陰影をつける自分なりの隠し味を入れて、良い曲に仕上げる、そうやって素晴らしい「スクェアっぽい曲」を作ったということなのでしょう。そして、デビュー32年目にして、自分が面白いと思うことをやりたいという気持ちを大事にした安藤さんは「ワイルド・リバー」のようにブルースロック路線で、自分の旬なサウンドを追求し、その新しいチャレンジをメンバー全員が楽しんだ様子がわかります。 全員が欠かせない役割を持ち、遠慮しないでどんどん言いたいことを言う。コミュニケ―ションを深くとりつつ、お互いの新しい部分を引き出しながら前に進んでいる、そんなバンドならではの醍醐味を体現しているバンドの様子が伝わってきました。
取材・文―山本美芽(Mime Yamamoto http://homepage1.nifty.com/mimetty)
T-SQUARE CONCERT TOUR 2010”時間旅行” <<公演詳細>>
■7/31(土) ダイヤモンドホール/名古屋 公演
■8/6(金) なんばHatch/大阪 公演
■8/7(土) 渋谷C.C.Lemonホール/東京 公演
料金:S席¥6,300 |
Interview by Mime Yamamoto
Photo courtesy from Village Music
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