追悼特集:マイケル・ブレッカー
工藤 由美




工藤 由美
音楽ジャーナリスト
過去数回にわたりインタビュー
ヘイスティング・オブ・ハドソンにあるマイケルの自宅も訪問
www.yummycat.com


マイクが旅立って一週間がたった。

橋さんのメールで訃報に接し、とうとう来るものが来たと思った。秋口から一進一退を繰り返していることを聞いていたので覚悟はしていたが、やはり心がざわめき、ふわりと涙があふれ出た。

私とマイケルは基本的には取材者とアーティストという関係ではあったが、彼の人となりもあって、その中では血の通ったものだったと思う。もっともそうじゃなければ、ハドソン川にほど近い瀟洒な邸宅での取材が許可されることはなかっただろう。

マイケルは、物静かな学者といった雰囲気のインテリジェンスの高い音楽家だったが、顔の表情を変えずに、よく面白いことを口にした。一秒遅れでこちらが笑い出すと、本当にうれしそうな目をした。

ユーモアの精神は、長い闘病生活でも彼の心の支えになっていた。ジョン・マクラフリンが、マイクを励ますために定期的に面白メールを送り、それにマイクも面白がってメールを返していた。マクラフリンがマイクに送ったメールを一度転送してくれたことがあった。夫婦間の深刻なセックス問題を相談するテレビ番組で、ホストが笑い出し、それが止らなくなり、困惑する夫婦をよそに、観衆も含め爆笑しだすというといった動画ビデオだった。

もちろん私の脳裏にはたくさんの写真や言葉が残っている。自宅を訪れた際、ハッグしてくれた後、私たちの車が見えなくなるまでずっと見送ってくれたマイク。「僕のサックスはファイアー」と言っておどけてみせたマイク。ジャコ・トリビュートのレコーディング時の話を聞いたときは、「ジャコがそこにいたんだよ」と真剣な面持ちで語ったマイク。ジャズフェスの休憩時間を使っての取材では、時間が押せ押せになってわずか10分で、2ページの紙面を埋められるぐらい中身の濃い言葉を協力的に語ってくれたマイク。兄のランディが大好きで、「ランディの方がぼくよりずっと才能がある」と言っていたマイク・・・・。

NHKの番組協力を求められたこともあって、マイクのことをよく考えた一週間だったが、彼の足跡を辿るうちに、嘆き悲しむより、彼の人生を祝福しようという気持ちになってきた。

マイケルの人生に悔いはないだろう。やりたいことは他にもたくさんあっただろうが、遣り残したことはないはずだ。

マイケルは兄のランディとともにNYフュージョンという新しい潮流を生み出し、その後、伝統的ジャズの分野で、修行僧のように音楽的探求を深め、ついには尊敬してやまないコルトレーンに並ぶジャズ・レジェンドとしてジャズの歴史に新しい一ページを加えた。

ここ5年ぐらいのマイクのテナーには、凄みが加わり、それ以上先に行ったら、音楽の女神に愛され、向こう側の世界に連れて行かれてしまうという恐怖を感じたこともあった。

もしマイケルがフュージョンの世界に留まっていたら、彼が神の領域に足を踏み入れることもなく、ずっと私たちを楽しませてくれたような気がする。

しかし彼のこの世での宿題は、アーティストとして次なる極みを目指すことだったのだ。ミッションを終えたマイクは、次のステージへと駒を進め、今頃、天国でジャコとジャム・セッションを楽しんでいることだろう。

悲しむより、マイクに感謝の言葉を贈ろう。

そして一言、

あんたの人生、最高にかっこよかったぜ、マイク!

音楽ジャーナリスト
工藤 由美



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