ナニワの名前を初めて耳にしたのは1980年頃だったと思う。当時、大阪の大学に行っていた筆者は高校の時のバンド仲間から彼が入学した大学の先輩のバンドで「ナニワエキスプレス」という凄いバンドがいるという話を聞かされる。そのときは音も聞いていないので、「なんかお笑いみたいな変わったバンド名だな」とだけ思った記憶がある。それ以降、大阪のライブシーンでナニワの噂はどんどん拡がっていった。 そして1981年、既に翌年レコードデビューが決まっていたナニワを大阪のライブハウスで初めて目の当りにする。当時既にフュージョンバンドとしてはカシオペアやスクエアなども活動を開始していたが、ナニワのライブでの圧倒的なパワー、重厚感といったものはこれら同世代の東京系フュージョンバンドを上回るものがあった。 そして82年のデビューアルバム「ノーフューズ」の発表とともに一気に全国的に大ブレイクすることになる。 同時期に相次いでデビューした関西系フュージョンバンドの古川兄弟を擁した羅麗若、菅沼幸三が在籍していたフォーナインとともに上方フュージョンと呼ばれた。 当時の関西地域では他にもヤマハのバンドコンテストであるライトミュージックコンテストで全国優勝を果たしたアーリーバーズ、後に則竹裕之が加入することになるパーティージョークなどのフュージョンバンドがあり活況を呈していた。 その後、全国で1年に160本ものライブをこなすという怒涛のようなナニワの快進撃が始まる。アルバムも次々と発表され全国各地のジャズフェスなどにも出演、84年には日野皓正らとのジョイントで武道館公演も果たしている。 そしてデビューから4年を全速力で駆け抜けたナニワは5枚のアルバムを残して86年に活動を停止してしまった。(橋 雅人) <<概略活動年譜>> 77年 清水興、岩見和彦、中村建治らで結成 |
今でも入手できる80年代ナニワの代表的アルバム
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