●同世代の友人ミュージシャンたちとのレコーディング
●ピアニストとして弾きたいメロディー
●自分のライフをさらけだしたアルバム「Life」
●T−スクェアを退団してからのさまざまな出会い
●ビートへの興味が薄れてきた
●同世代の友人ミュージシャンたちとのレコーディング
今回のソロアルバムは、平石カツミ(b)、須藤満(b)、福原将宣(g)、竹中俊二(g)、田中栄二(ds)、高田真(ds)、NAOTO(Vn)といった松本さんをよく知っている友人ミュージシャンと録音されたそうですね。そうした方々とのレコーディングならではのメリットや、何か面白いエピソードなどはありましたか?
松本 う〜ん、エピソードはあるんですけど、レコーディング以外の部分が大きいですね。ただ馬鹿話してたりとか。
仕事には関係ないプライベートでもミュージシャン友達と一緒に遊んだりするほうですか?
松本 そうですね。音楽を通して知り合った仲間だけど、音楽以外でも親しかったりします。カレー部(注:カレーについて語り合ったり食べ歩きなどをする会)というのもやっていて、ここではほとんど音楽の話はしません。ひたすらスパイスの効用とかどこどこの営業時間はどう、とか話してます(笑)。そんな間柄なので、やりとりはすごくスムーズでした。そこは大きなポイントでしたね。
当たり前のことかもしれませんが、やりとりがスムーズだと、音楽づくりにおいて、どんな良いことがあるのでしょうか?
松本 ミュージシャンそれぞれ誰でも何でも出来るわけではなくて、いろいろ癖もあります。そこで年がガーっと離れていると、上下関係のようなものがあって気を使うから、こちらの意図を伝えるのが難しいことがあるんです。今回のアルバムは、「みんなで音だして、OK!みたいなのではなくて、細かいところでのプレイのニュアンスを要求していたりするんですね。年が近い人だと、そのあたりがスムーズなんです。
あと、仲がいいというのは、その人のことを好きということでもあります。もちろん人間的にということで。好きな人と一緒にモノを作れるのは、いいことだし、必然だとも思うんです。
ということは、今回のレコーディングは、楽しくできた?
松本 自分のアルバムということでかなりわがままを聞いていただいたので、プレイヤーの皆様はムッとしてるかも知れません(笑)。
●ピアニストとして弾きたいメロディー
今回収録された曲は、いつごろ作ったものですか? アルバム「T-スクェア」にも収録された「ベルファスト・ソング」は22歳ごろの作曲ということでしたね。 「K.B.T」や「Sport in Peking」「Where is my Seaol」などは、ソロライヴで以前聴いたことがあります。今回のソロアルバムで初めて発表する曲もありますか?
松本 ライブでもやっていない新曲は「Tendernes and Loneliness」と「R.P.F.」ですね。「 Life」も今回のアルバムのために作った曲ですが、すでに何度かライブでやっています。
ということは、これまでの松本さんの音楽生活を全部そそぎこんだ集大成みたいな感じですか。
松本 あ、いや。僕の中のある一部をまとめました、という感じです。たとえば4ビート物とかはないし、プログラミングで構築するようなのもないですし。まだまだ曲ありますから。
では、数多くある曲の中から、どういった観点で選んだのですか。
松本 今回は、ピアニストとして、どういうメロディーを演奏したいか、というのが選曲基準でした。最初はとにかく分かりやすく、クリアーな楽曲を全面に出そう、ということで作業を始めました。途中でいろいろありましたが。
アルバム「T-スクェア」に提出して、そのときは録音しなかった曲なども入っていたりしますか?
松本 時期的に「K.B.T.」や「Sport in Peking」なんかはスクエア以前からありますが、スクエアはやっぱりホーンがメロディーを取るというのが前提だと思うんです。だから、これらは何か合わない気がしまして、提出してないですね。
松本さんの場合、作曲するときに、メロディーはピアノの音で聞こえてくるんですか?
松本 うーん、ピアノで作ればピアノになり、ギターで作ればギターになり、歌って作れば歌ものになります。みんなそういうもんではないですか? どうなんでしょう。まぁ、ピアニストとしては、どんなメロディもピアノ流に解釈できれば演奏できることになりますね。
●自分のライフをさらけだしたアルバム「Life」
レコーディング期間はどのくらいでしたか?
松本 2002年の4月から11月までです。期間は長かったけれど、のべ時間はそれほどでもないんですよ。レコーディングを開始したころは、特に僕のスケジュールが詰まっていたので、1曲録ったらまた来月って感じでした。
完成までは、なかなか根気がいる作業だったのではないでしょうか? それとも、夢中になっていたら出来上がっていたって感じですか?
松本 いや、何曲作るかとか、目標を定めていなかったんです。ちょっとずつスケッチを貯めて、そろそろいいんじゃない? みたいな。まぁ、何だか、ゆるい感じではありました。
ソロ・アルバムの発表は、長い間目標にされていたことではないかと思います。できあがってみて、単純に「うれしい!!」ものですか? それともあれこれ複雑ですか?
松本 うれしいですね。もちろんあれこれ複雑でもあります。それはうまく次につなげてから、そちらで生かせればいいかな、と。
今回「心を打つ」というアプローチを意識したそうですが、なぜですか。
松本 実は正直に言いまして、以前は、聴いてくれる人の心を打つとか、考えたことがなかったんですよ。「とにかく自分が聴きたいものを作る」「きちんと演奏して、頼んでくれた人が喜んでくれれば、それでいい」という考え方だったんです。だけどあるとき、「お客さんは、なんで音楽なんか聴きに来ているんだろう?」と思ったんですね。それはやはり、僕らが音を出して、それを聴いて気持ちいいから、聴きに来ているんだな、と。そういうサイクルがいろんな形であって、僕らはご飯を食べられるわけで。自分が聴きたいものをひたすら作っているのは今でも同じだけど、そのあたりがちょっとでも意識にあると違うかなと思ってるんです。
このアルバムでは「はじめて自分のライフをさらけだした」とのことですが、そのあたり、もう少し具体的に教えてください。
松本 メロディーが出てくる時というのはたぶん頭の中が空っぽになっていて、ピアノを前にしてぼーっとしています。何か目的があってメロディーを方向づけたりしていないんですよ。なるべく自然に作るようにしています。そういう行為って、何かこう、こっぱずかしいですよね。
う〜ん? こっぱずかしいですか? 作曲してるんだから、すごい! と思ってしまうんですけど。
松本 たとえば、誰かに見られながら、自分のプライベートな事って書けます?
なるほど〜。ピンときました。ライヴレポートだとか、何かのお知らせならともかく、手紙や日記みたいなものを書くのは、人に見られていると恥ずかしいかも。きっとそういう感覚なんですね。
松本 僕は隣の部屋に誰かいるだけで、もうダメなんですよ。
それじゃ、家族と一緒に住んだりすると、大変かもしれないですね。
松本 はい。ドアロックつけて、完全防音にしないと(笑)。
「Life」というタイトルになった経緯は、どんなものですか?
松本 僕はいつも、曲ができあがった後でいろんな情景などと結びつけてタイトルをつけたりしています。だけど、結局いいたいことはそのメロディー自身が言ってしまっている。というか、言っていないとおかしいですよね。そういったこともあって、今回どうしても曲名がつかない曲が多かったんですよ。僕の中ではもう完全にできあがってしまっているものに改めて言葉をあてはめることになるから、難しいんです。その部分に関して、ウソはつけないし。
そんな時に、これは、僕自身、つまり僕の「Life」だからこれ以上の説明がいらないものなんだ、これらの曲も僕の「Life」そのもの、だから別の意味をもった言葉を乗せることができないんだと気づいたんです。そう思ったら、「Life」っていい言葉だなと。そこで一番今の気持ちに近い1曲に「Life」とつけて、アルバムタイトルにも採用となったわけなんです。だから、次のアルバムも「Life」かも知れないですね(笑)。
今回のアルバム制作で、特に苦心したところ、手間ひまをかけた点などは何ですか?
松本 まずは打ち込みをほとんど使わなかったこと。これが意外にも大変でした。コンピューターを使ったのはリズムループ的なものぐらいですね。その他の効果音は、スタジオに入ってからエフェクターをいじって作りました。
これまでは、レコーディングでも打ち込みをよく使っていたのですよね。なぜ、今回はほとんど使わなかったのでしょう?
松本 せっかく自宅ではなくスタジオで作れるんだから、できるだけ生楽器を使ってミュージシャンに演奏してもらおう、打ち込み的なアプローチにしても、スタジオで現場処理しようと考えたんです。その方が音のパワーが強いかなと思って。 ただ、スタジオで作ると、マイキングやミックスバランスによってかなり音の感じが変わるんです。録音技術の面から見ても、生の音を録るということは特にシビアというか、微妙な部分まで詰める必要があるんですよ。そういった事情もあって、なかなか思い通りの音が作れなかったんですよね。僕自身も迷いがあったりして、時間がかかりました。
●T−スクェアを退団してからのさまざまな出会い
T-スクェアを退団してから、ソロ・アルバム発表に至るまで、ある程度の時間が経過していますよね。退団から、今回のソロアルバム発売までの期間に、どのように過ごしていたのでしょうか。何か音楽面に影響を与える出会い、ミュージシャンとして変わった部分などはありましたか?
松本 退団後は、とりあえずしばらくライブハウスのセッションにかなりの頻度で出演してました。人脈的にもスクェアに絡んだ感じが多かったように思います。そんな中、ドラムスの鶴谷智生さんの紹介でボーカリストのMinako Mooki Obataさんに出会いました。この人に会ったのはとても大きかったですね。こんなに歌を感じて自然に歌える人は、本当に初めて出会ったかもしれない。確実にいい影響を与えてくれました。
それは、たとえば歌もののサポートについて興味が増した、といったことでしょうか?
松本 歌ものへの興味という意味では、ずっとありますよ。基本的にはポップスが好きですから。
では、演奏面でアプローチが変わったりしたとか?
松本 そうですね、日本人のシンガーが原語でソウルやジャズにアプローチするときに、どうしても言葉の問題があると思うんです。だけど、Mookiや、今一緒にやっているAkikoちゃんなんかはそれがない。誰それのバージョンをなぞってコピーするようなものではなくて、ちゃんと自分の音楽にできるし、楽器同士のアンサンブルで実現できるダイナミズムも、彼女たちだと作れる。とにかく、自然に演奏できるんです。一緒にやっていると、こちらも教えてもらうことがとても多いですね。
「教えてもらうこと」といいますと?
松本 スピリチュアルな事になると思うので、言葉にするのは難しいんですが、ともあれ、そんなアンサンブルができることは、なかなかないです。相性も良いのでしょうね。 あとは、スクェアに入って演奏するということは、プレイヤーとしての能力を試されることだったと思うんです。あとは、本田雅人さんのグループはなかなか大変です。年一回くらいですが、…練習になります。
ポップスの仕事もたくさんされていますが、素敵な出会いなどはありましたか?
松本 ええ、いっぱいありましたよ。まずは、野猿のツアー以降ずっとお世話になっている後藤次利さん。
ポップスのツアーならではのやりがいや、苦労というと、どんなものなんでしょうか?
松本 苦労話としては、さほどテクニックを必要とされない場合、半年も回っていると、指がまわらなくなってなってしまう点ですね。 やりがいは…大きな会場で出来るので、単純に幸せです。
あまりに会場が大きいと音が悪いようなイメージがあるんですが、そうでもないですか? 大きな会場は、舞台で弾いていて気持ちよさそうだな〜という気もしますけど。
松本 数秒遅れとかの余計な残響があるのですが、それよりも実際にはステージの床の 作りなんかが関係してくるようです。ステージ内で低音が回るんですね。歌がうまい人や、いい曲がある人だと、演奏していて本当に楽しいですよ。そういった意味では、最近なかなか幸せですね。
それから、後藤次利さんを通じて、斉藤ノブさんや山木秀夫さん、はたまた後藤さんと高中正義さんのリユニオン的な意味合いもある中に参加させてもらったりしたんですよ。これはもう、ラッキーとしか言いようがありませんでした。
これって、すごくうれしかったですか?
松本 うん、まさに日本のトップミュージシャンたちですよね。うれしくないわけがありません。みなさんワン・アンド・オンリーなプレイヤーですが、中でも後藤さんは、あんな風に弾けるプレイヤーは世界どこを探してもいないと思います。
リハーサルなどで一緒に演奏してみて、「おおおおお〜」みたいな感激ってありましたか?
松本 ありますよ。T-スクェアに参加したときも思いましたし。特にノブさんは録音物でよく知っているので、「あー、あの音だなー」「聞いたことある!」って思いました。
ポップス以外ではどんな方々と共演されましたか?
松本 大坂昌彦さんやTOKU君、Akikoちゃんといったみなさんですね。昔やっていた4ビートジャズのような現場を少しですけど体験させてもらったので、僕にとっては大きな意味がありました。Akikoちゃんとは結局長いつきあいになって、ちょうどこの3月・4月には僕がバンマスでツアーでした。すごくいい感じが出ていたんですよ!
4ビートな現場ならではの面白さで、しみじみ実感することって、何ですか? それと、Akikoさんバンドの見どころ、聴きどころなどは。
松本 今回のAkikoちゃんのツアーは、純粋なジャズみたいに自由度が高い感じではなくて、もうちょっとポップス的なステージの組み方をしています。ギターの田中義人くんがいたり、ソウルやR&Bに近い感じですね。
それは、Akikoさんのもともと持っている音楽性と、松本さんがバンマスであることによって方向付けられたものと、どっちによるものなんでしょうね。両方でしょうか?
松本 今回はアルバムに基づいた内容なので、僕というよりは、彼女のしたいことなんでしょう。ただ、ソウルやR&Bに近いけれど、ジャズも理解して…という部分で、僕とか義人君が選ばれているのかもしれませんね。ドラマーとベーシストは僕のアルバムにも参加してくれた二人ですし、僕自身の音楽性とかなり近いところにあると思います。
ということは、松本ファンはAkikoさんのアルバム、要チェックですね。
松本 そうですね。最新のアルバムはニューヨーク録音なので僕はかかわっていないんですが、前作は、自分のアルバムと制作時期も同時期だし、僕の音楽に近いと思います。
●ビートへの興味が薄れてきた
以前のインタビューでは「もっと暗黒な音楽をやりたい。でも、できない」とおっしゃっていましたね。この点について、今回ある程度納得のいく形になりましたか?
松本 いや、結局のところ、僕自身がそんなにダークサイドを持っていないような気がしてきました。ただ自分が作るアートのコンセプトとしてそういう発想はあり、アレンジの段階で少々注入してます。
ーーえっ? ダークサイドを注入? 具体的にどんなことをするんでしょう。
松本 うん、「ンゴーー」っていう音入れたりとか(笑)。
「ンゴーー」ですか…(爆笑)
松本 あのとき思っていたのとはちょっと違いますが、今回のアルバムの音は、自分なりの答えにはなっていると思います。
あのインタビューでは、「ダンサブルで変態な音楽、さらにご機嫌な音響でピアノが弾けたら最高」とも話されていましたね。この点について、今回のアルバムでは、かなり実現しているように感じました。ご自身ではいかがですか?
松本 いや〜正直まだまだです。そう言っていただけるとうれしいですが。
ということは、あのときも、いまも、「ダンサブルで変態な音楽、ご機嫌な音響でピアノを弾く」という音楽が理想なんでしょうか?
松本 いや、たとえばここ最近に関しては、ビートにあまり興味がなかったりします。
えっ。では今回のアルバムの曲を作っていたときは、ビートに興味があって、レコーディングが終わってから急激に興味が薄れたのですか?
松本 アルバムの曲作り期間は、それこそ5年ぐらいかかってるんですね。だから答えるのは難しいんですが…徐々になくなっていっているという感じかな。ビートにはあまり興味がない、かといって軟弱な癒し系なんかでもなくて、静かに動いていたり、よく見るとミクロの世界にドラマがあるような、そんな静的な世界にひかれます。ファッション的な音楽にもあまり興味が無くて、今流行っているから、こういうリズムでとか、そういう発想もなくなってきたかなあ。
聴くことに関しては、インプロビゼーションにも興味がなくなってきたんですよね。本当にどこに向かうんでしょう。何にも興味なくなって、音楽をやめちゃったりして。どうしたらいいんでしょう。
う〜ん。よい考えは浮かばないですけど、とりあえずやめないでほしいです。もちろん、リフレッシュのためにしばらく休むといったことは、当然あることだとは思いますけれど。
松本 リフレッシュといえば、この数年間はしばらく裏方仕事ばかりだったので、ある意味リフレッシュできましたよ。ところで、どういう方面にアプローチしたら、聴こうと思いますか?
う〜ん?? 悩んでしまいますね(笑)。私の場合は、どこか綺麗ですっきりした部分があって、でも、「おおっ」と思える何か新鮮なものがあって、演奏している人、作曲した人の生き生きしたエネルギーが伝わってくれば、なんでもいいんですけど。
松本 あ、それは大事なポイントですね。僕も考えています。ドキュメンタリーとか、写真集とかにしても、その事実よりも、それを編集した人のエネルギーを感じることってありますよね。そういう意味では別に音楽でなくてもよくなっちゃうんですけど(笑)。
最後に、今後の活動について、ビジョンなどありましたら教えてください。
松本 まず次のアルバムへのスケッチを作り始めます。あといろいろやってみたいことはあるんですが、内緒にしておきます。ライブの予定も特に立ててないし、さて、どうしましょうか(笑)。
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