特集 PRISM : DSDマスタリング、SACDの実力は?



世の中にはリマスタリングだとかSACDだとかDVD-Aだとか高音質をうたい文句にした言葉が溢れ返っているが、意味がよくわからないとか、本当に高音質なのかと、疑問に思っている人が多いのではないかと思う。筆者自身も言葉の意味自体はある程度は理解しているものの、よく再発のときにうたわれるリマスタリングってどこまで意味があるの?別に以前に出たCDでも十分にいい音してるし、わざわざ買い換える必要はあるのかな?と思っていて、あまりリマスタリング物に積極的に手を出すほうではなかった。

今回はプリズム特集を組むにあたりユニバーサルミュージックよりプリズムのデビューアルバム「Prism」の88年にリリースされたCDを借りることができたので、この機会にリマスタリングがただの宣伝文句なのか、本当に音質がよくなっているのかを、確かめてみることにした。また93年にリリースされたQ盤も88年盤のマスターを使用しているとのことなので、88年盤とほぼ同じ音質と思われる。(厳密に言うとプレス工場のラインが違えば微妙に音質も違うとのことですが)
新たにDSDリマスタリングされてリリースされるSACD/CD ハイブリッド盤と旧盤CDとを聴き比べての比較とコンピューターを使っての波形分析の2つの方法で、違いを検証をしていこうと思う。

その前にSACDって何?DSDなんて聞いたことないという人もいるでしょうから簡単に説明しておきましょう。

DSD (Direct Stream Digital)
DSD(Direct Stream Digital)方式とはは従来のPulse Code Modulation(PCM)方式とは異なり音声信号の大小を1ビットのデジタルパルスの密度(濃淡)で表現する方式です。つまりPCM方式は音声信号を点の集合体として記録しているのに対して、DSD方式は連続したデータとして扱っているということになります。結果として従来のPCMよりもアナログに近い波形を記録することができます。(と言っても何のことだかわかりにくいと思いますが、詳しい説明はSACDの公式ページを参照ください。)

SACD(Super Audio CD)
現在のCDの企画を発明したソニーとフィリップスの手による次世代CDの企画で、上記のDSDを使って記録されている。SACDそのものは従来のCDとは互換性がなく再生するには専用のSACDプレイヤーが必要だが、ディスクを通常のCDとの2層構造のハイブリッドにすることにより、従来のCDプレイヤーでも通常のCDとして再生することができる。
またDSD方式を採用することによって再生周波数はCDの22.05khzから何と100khzまでのび、ダイナミックレンジもCDの96dBに対して120dB以上を実現している。
SACDには通常のステレオ2チャンネルと5.1チャンネルのマルチチャンネルの2通りがある。今回のプリズムの再発では1枚目の「Prism」だけが2チャンネルとマルチチャンネルの両方が収められている。5.1チャンネルを聴くにはDVDのサラウンドと同様5個のスピーカーとベースユニット、またそれに対応したアンプが必要となる。
SACDに対抗する次世代CDの規格としてはDVD Forumが提唱するDVD-Aがありますが、最近のリリース状況を見ていると流れはSACDに傾いているように思えます。

次はリマスタリングとは何かを理解するためにCDが製作される手順を簡単に追ってみる。

1.まず一番最初はレコーディングスタジオやライブで24チャンネルや48チャンネルの業務用マルチトラックレコーダーに録音する。最近はデジタル録音が主流だが、古いものはアナログのテープに録音されている。今回のプリズムのアルバムはアナログのマルチで録音されていたようだ。(アルバムによってはマルチトラックで録音せずに演奏しているその場でミキサーを使って2チャンネルのマスターテープに直接録音していく場合もある。)

2.マルチトラックレコーダーで録音したものをミキシングでバランスをとって2チャンネル・ステレオのマスターレコーダーにミックスダウンする。

3. 2チャンネルのマスターテープからマスタリングして曲順通りに並べたり、音質や音量を揃えたりして通常タイプのCDの場合はCDのプレス工場にまわせるマスターのCDRを作成する。(SACDの場合はデータテープ)

リマスタリングという作業はこの3番目の作業をやり直すということになる。 では実際に今回のリマスタリングによって音が良くなっているのか、聴き比べていこうと思う。

まず比較試聴する環境だが、私の自室(6畳洋間)である。聞き方は以下の3種類で試してみた。私は特にオーディオマニアではないので、高級オーディオを所有しておらず、多くの皆さんのリスニング環境に近いのではないだろうか。

1. 普通にCDプレイヤーにかけてスピーカーで聞く。
使用機材:SACD/CD プレイヤー マランツSA8260, アンプ DENNON PMA880D, スピーカー JBL Control-1 (SACD/CD プレイヤーは昨年購入した現行機種だが、アンプもスピーカーも10年以上使っている代物で、スピーカーの方は後継機種がまだ販売されている小型スピーカーだ。アンプは今時のオーディオアンプにはついていないD/Aコンバーターを内蔵しているので、コンピューターのデジタルアウトから直結できて結構重宝している。)

2.SACD/CD プレイヤー マランツSA8260のヘッドフォンジャックにヘッドフォンを繋いで聞く。このSA8260という機種はヘッドフォン出力の音質がよいというのが売りになっている。
使用するヘッドフォンはこれまた10年以上使っているAudio TechinicaのATH-M7PROXというものだ。

3.ディスクマンで聞く。
と思ったのだが、よく考えてみたらディスクマンではSACDはかからないので、このテストはボツ。ソニーさん、SACDディスクマン早く作ってください。

では順に聴いてインプレッションを書いていくことにする。

88年版CD

1.スピーカー
まあ当たり前なのだが、いつも聞いているCDの音である。特に悪い音とは思わない。この段階で敢えてコメントするとすれば、音像に深みというか奥行きがなくて平坦に感じられるといった程度だろうか。

2.ヘッドフォン
これだけ聴くといつものCDの音なのだが、DSD盤を聞いたあとにこちらのヴァージョンに戻ってきて聴くと妙に音が濁っているように感じてしまう。
「Love Me」のイントロのエレピの部分のバックで下記2つの録音よりもかすかですがヒス・ノイズが目立ちます。また2分40秒すぎのギターソロに入ってラテン系のリズムに入る少し前あたりのバックのエレピのコードがDSD盤ではきれいな和音に聴こえるのに、このCD盤では少し音が歪んで聴こえます。

DSDリマスタリングCD

1.スピーカー
いきなり音がでかいです。88年盤と再生ヴォリュームを変えてないのに格段にレベルが大きい。聴感上のヴォリュームを88年盤と揃えて聴くために、ヴォリュームを少し落として再生してみる。個々の楽器の存在感がくっきりしたように聴こえます。特にベースの輪郭とバスドラがクリアになったように感じる。一番違いを感じたのは1曲目の「Morning Light」のエンディングのギターソロで88年盤ではなんとなく聞き流していたのですが、今度はギターソロが始まったとたん耳をひきつけられるくらいの存在感があってクリアです。

2.ヘッドフォン
今度は音が大きいのはわかっているので、はじめから少し再生ヴォリュームを落として聴いてみる。とにかく音の輪郭がクリアで個々の楽器がよく聞こえます。

DSDリマスタリングSuper Audio CD

1.スピーカー
音のレベルはDSDリマスタリングの通常CDと同程度。より音像がくっきりとクリアに聴こえる。にもかかわらず全体としてはDSDマスタリングの通常CDよりも音がマイルドになった印象を受けます。

2.ヘッドフォン
DSDマスタリングのCDと同じキャラクターの音だと思うが、ベースの輪郭、バスドラのインパクトがよりクリアになっているように思います。「Morning Light」のエンディングのギターソロではよりリアルさをましている。

以上が、試聴テストのインプレッションです。

次は実際に記録されている音声データはどうなっているのか、コンピューターで解析してみることにする。それぞれのCDをパソコンのCDドライブにいれてリッピングしてWAVデータとして取り込んだものをウィンドウズ・パソコン上でSonic Foundry社のSound Forge6.0という波形編集ソフトを使って表示させてみた。
SACDはパソコンではリッピングできない上に、仮にデータを入手してもDSDのデータを扱えるソフトは市販されていないので、このテストは88年版CDとDSDリマスタリングされた通常CDの比較のみとなっている。CD同士の比較なので16bit,44.1khzというスペック上は同じ土俵の上での比較となる。

波形分析
下の図がアルバム1曲目の「Morning Light」の最初から1分半くらいの波形を表示させたもので、縦軸がレベル(音の大きさ)、横軸が時間である。見ての通りその違いは歴然としていて、試聴テストで感じられた音の大きさの違いが明白にでている。リマスタリングされたものがピークを0dB近くまで持ってきてCDの理論上のダイナミックレンジである96dBを目一杯使っているのに対して88年盤は5-6dB程度ヘッドルームを余らしている。 これはレベルが高いほうが同じヴォリュームで聴いたときにアナログ回路からのノイズが相対的に下がるという利点と、CD規格の16bitを最大限まで使うことによって音の解像度があがっているということだと思われる。

波形分析(Morning Lightの頭から約1分30秒)
DSDマスタリング1988年版CD



高速フーリエ変換(FFT)
このグラフは縦軸がレベル、横軸が周波数(音の高さ)である。 ここで注目してほしいのは88年盤CDのグラフの右下の20khzのところだ。この大きさの画像ファイルでは見づらいと思うが、20khzでフィルターがかけられているようで,20khzより上の高音部がばっさりと切り落とされている。
おそらく15年前のマスタリングでは人間の可聴域の限界と言われる20khzまで再生できれば充分という判断だったのだろうか。
一方DSDリマスタリングされたものはCDの限界値である22.05khzまでしっかりと記録されているのがわかる。 (しかし88年にこれをマスタリングした人は、15年後にまさか素人の自宅にある機材で高速フーリエ変換で分析されてしまうなんて夢にも思わなかったでしょうね。)

高速フーリエ変換(Morning Lightの頭から30秒)
DSDマスタリング
1988年版CD


まとめ

従来盤のCDとDSDマスタリングの差は誰が聞いてもすぐにわかる程度に大きい。DSDマスタリングの効果もさることながら、おそらくは80年代にCD化された作品はCDのマスタリングの技術が確立されていなかったということも影響しているように思う。

一方DSDマスタリングされた通常CDとSACDの差はリマスタリングされていないCDとDSDマスタリングされたものほどは顕著には聴こえなかった。この理由は筆者の再生環境がプレイヤーはSACD対応しているもののアンプ、スピーカー、ヘッドフォンは古い製品のためSACDの特徴であるCDより上の22.05khzの再生についていっていないことが考えられる。
またプロデューサーの小澤氏のレポートを読むとマスタリングの過程で24bit 96khzでPro Toolsに一旦取り込んでいるので、SACDの再生周波数の限界である100khzではなく48khzまでの音声信号で処理されていることになる。(もっとも今の筆者の再生環境では48khz以上はどちらにしても出るとは思えないが)

今後、DSDのマスタリング技術がより成熟し、レコーディングの段階からDSD化されてくるものが増えてくればより高音質化されたSACDがでてくるのではないかと期待する。またそれに伴いオーディオ機器の再生能力もSACDにあった形で向上してくるのだろう。

今の段階でいえることはDSDリマスタリングされたCDの音質は80年代にリリースされているCDより格段にいいようなので、愛聴盤であれば、すでに所有しているCDでも新たにリマスタリング盤を買っても後悔はしないだろう。

また間もなくリリースされる楽しみなSACD盤としては速報でもお伝えしているチック・コリアの「Rendezvous In New York」がある。録音段階からSACD化されているらしいのでかなりリアルな高音質が期待できるのではないかと思う。またフュージョンではないが、ピンク・フロイドのあの「Dark Side of the Moon」がDSDマスタリングした上でハイ・プリッド盤として登場するようなので、これは是非聴いてみたいと思っている。(橋 雅人)


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